この連載コラムでは、「コーポレートガバナンス(企業統治)」について考察している。筆者の執筆の動機は、「会社は利害関係者みんなのものである。」というような「ポエム的」コーポ―レートガバナンス論に関する疑問と懸念である。

株式会社は経営資源と成果の最適分配を実現できるか?

そこで、連載の1回目では、企業統治と株式会社について正しく考察するためには、まず議論の出発点を正しく設定することが重要ではないかと述べた。そして「会社は株主のものである」という会社法上の大前提に立った上で、果たしてそれが「よりよいヨノナカ」の実現に本当に役に立つ仕組みなのかを議論すべきだと述べた。(第1回

そして、この「よりよいヨノナカを実現できるような仕組み」とは、具体的には

1,経営者の監視ができる仕組み
2, 経済的資源と成果の最適分配が実現できる仕組み
3, 成長とイノベーションが実現できる仕組み

の3つと定義した上で、前回のコラムでは1,「経営者の監視ができる仕組み」について述べた。同時に、そうした仕組みにもかかわらず、経営者が不正をする理由についても考察した。(第2回

連載3回目のコラムでは、2,「経済的資源と成果の最適分配が実現できる仕組み」について考えてみたい。

経営資源の最適配分とは「なににどれだけお金を使うか」の問題

最適配分とは、「利益を最大化するために、最も効率的な経営資源の投下」のことだ。仮にあなたに1,000万円のお金(経営資源)があるならば、それを不動産業に投資するのか、SaaS(必要な機能を必要な分だけサービスとして利用できるようにしたソフトウェア)ベンチャーを起業するのか、はたまた両方に分散投資をするのか。もちろん、どの投資が成功するかは誰にもわからない。しかし、「リターン(利益)を最大化できる投資は成功である」という「成功の定義」は明確だ。

そして株式会社は、言うまでもなく「利益の最大化」を目的として設計されている。もちろん一見例外とも思える企業は沢山ある。かつての日本的経営は、利益ではなく、売上(シェア)を最優先しているといわれた。また、現代のGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple )も、利益より規模(スケール)の拡大を優先しているように見える。実際の経営においては、このように利益最大化を目的としていないように見える企業もある。

しかし、これは長期的利益の最大化のために短期での利益を投資に回すという時間軸を考慮した上での戦略にすぎず、会社としての長期的な命題が利益の最大化であることに変わりはない。つまり株式会社は「利益を最大化するために最大限効率的な経営資源配分(投資)を行う」という意味で、資源の最適配分を目的とした組織である。

このことは、株式会社と行政などの公的機関と比較してみればわかり易い。いつの時代でも常に「行政の無駄遣い」は指摘されるところだ。しかし、行政はいうまでもなく「利益の最大化」を目的とした仕組みではない。だから「利益を生まない投資は無駄遣いだ」という株式会社の論理は通じない。だから、「行政の無駄」を具体的に定量化することは非常に難しく、したがって行政における「経営資源(税)の最適配分」もなかなか実現しない。