前回は中世ヨーロッパを苦しめたペストの治療薬とみなされた香辛料を求めて大航海時代が幕を開けたーすなわち疫病と経済社会の関連について説明した。今回はまさに現在、世界を席巻している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をめぐる状況と対比して考えてみたい。

香辛料獲得戦争とコロナ新薬開発競争

コロナ禍に直面している今、水面下ではコロナ新薬の開発をめぐって激しい競争が繰り広げられている。もちろん開発に成功した場合の利権を狙ってのことだ。しかし、同時にこれは仮に他社・他国の治療薬が特効薬として独占的な地位を占めた場合の、自社・自国のリスクを考慮した防衛的競争でもある。

実際、もし新型コロナ特効薬を政治的に利用しようとする特定の国に独占されたら、自国の国民の生命を大きな危険にさらすことになる。そう考えると大航海時代の戦争と侵略の歴史についても、より解像度の高い理解ができるかも知れない。

株式会社の成立と発展に貢献した初期東インド会社は単なる調味料を調達する「アグリテックカンパニー」ではなく「社会を脅かす難病の特効薬」を調達する「メガファーマベンチャー」だったのではないか。

そしてこのメガファーマベンチャーは、文字通り戦争までして香辛料を求めたのだ。欧州各国は貿易中に他国の艦船と遭遇した場合、その艦船を襲って積み荷を略奪することが許可されていた。こうした船団を私掠船(しりゃくせん)という。いわば国家公認の海賊だ。

疫病とコーポレートファイナンス

疫病と初期東インド会社の関係についてプロダクト(香辛料)の視点に加え、もうひとつ別の視点からも考えてみたいと思う。「株式会社」という仕組みそのものの成立との関係だ。

株式会社は「株主の有限責任原則」を特徴の一つとしている。この原則が成立することで、企業金融(コーポレートファイナンス)は初めて資金調達源泉における「デット(負債)」と「エクイティ(資本)」という明確な区分を持つことになった。

デットを生み出す「金貸し」自体は、古代から存在する金融手段である。であるならば、有限責任原則の成立とはすなわち「エクイティの発明」だ。歴史の大きな流れを追った時、この「エクイティの発明」もまた、疫病がもたらした副産物なのではないか。これが筆者の仮説だ。

株主有限責任原則はオランダで成立

株主有限責任原則の成立、すなわち「エクイティ」の概念が世界で初めて適用されたのは、これまで何度か取り上げた「イギリス東インド会社」(1600年設立)ではない。「オランダ東インド会社」(1602年設立)だ。オランダ東インド会社は、イギリス東インド会社よりも2年遅い設立だった。

だが、イギリス東インド会社での有限責任原則は当初曖昧だったとされる。さらに言えばイギリス東インド会社は、まだ継続企業ではなく当座企業(1回のプロジェクトのために資金を集めて稼ぎ、終了したら解散して利益を山分けする会社)の性格が強かった。

このことからオランダ東インド会社は、後世の専門家たちにより「世界初の株式会社」の栄冠を与えられている。オランダ東インド会社が厳密な意味で有限責任だったかどうかは、専門家の間では議論があるようだ。しかし、本稿では初期オランダ東インド会社において、基本的な有限責任制度が成立していたとの立場に立つ。