阿波銀行がネーミングライツを取得した「あわぎん眉山ロープウェイ」からの徳島市街(yaskiri/写真ac)

では、久次米一族に代表される阿波藍商とはどのような商人だったのか。藍の産地徳島。現在は県内で10〜20haの作付面積だが、明治期には1万5000haの作付面積を誇っていたとされる。
この藍の染色を一大ビジネスにしたのが久次米一族であり、9代目兵次郎であった。
江戸元禄の頃から、庶民の衣類にも木綿が使われるようになり、徳島はその一大流通地・消費地である大坂にも近かった。紺屋(染色店)も大坂から全国へ広がっていった...