トップ > 調べる・学ぶ > 連載 > ご当地銀行の合従連衡史 >【阿波銀行】傑出した豪商の魂を継ぐ|ご当地銀行の合従連衡史

【阿波銀行】傑出した豪商の魂を継ぐ|ご当地銀行の合従連衡史

※この記事は公開から1年以上経っています。
alt
阿波銀行がネーミングライツを取得した「あわぎん眉山ロープウェイ」からの徳島市街(yaskiri/写真ac)

県内・大坂・日本中で活躍した阿波藍商

現代も伝統工芸として息づく阿波の藍(Kikihiro/写真ac)

では、久次米一族に代表される阿波藍商とはどのような商人だったのか。藍の産地徳島。現在は県内で10〜20haの作付面積だが、明治期には1万5000haの作付面積を誇っていたとされる。

この藍の染色を一大ビジネスにしたのが久次米一族であり、9代目兵次郎であった。

江戸元禄の頃から、庶民の衣類にも木綿が使われるようになり、徳島はその一大流通地・消費地である大坂にも近かった。紺屋(染色店)も大坂から全国へ広がっていった...

このコンテンツは会員専用です。
無料会員に登録して、今すぐ続きをチェックしよう!
会員登録をする(無料)

NEXT STORY

ストライクのM&Aプラットフォーム 「SMART」

アクセスランキング

【総合】よく読まれている記事ベスト5

ストライクのM&Aプラットフォーム 「SMART」