日本各地の「地銀」のルーツをたどってみよう。そのM&Aー合従連衡の歴史をひも解けば、そもそもの銀行や金融経済の成り立ちはもちろんのこと、日本の伝統産業、商業の集積の移り変わりのほか、各都道府県内にある市町村の歴史上の“格”の変遷なども見えてくる。

第1回は「北海道」。薫風うるわしい北の大地には、金融史上、組織的なつながりはないものの、「北海道銀行」と呼ばれる組織が2つあった。

現在の北海道銀行は「ほくほくフィナンシャルグループ」の一員

現在の北海道銀行(本店・札幌市)が設立されたのは昭和26年3月。金融史としては同じ地銀の泉州銀行(大阪・のちの池田泉州銀行)が設立された年です。

M&Aとしての大きなトピックは、2003年9月、北陸銀行(本店・富山市)と持株会社方式による経営統合を目的として、ほくぎんフィナンシャルグループとの株式交換によって、ほくぎんフィナンシャルグループの完全子会社になりました。そのほくぎんフィナンシャルグループは、2004年9月、ほくほくフィナンシャルグループ<8377>と改称されています。

2018年3月現在、ほくほくフィナンシャルグループの取締役社長は北陸銀行頭取の庵栄伸氏、取締役副社長は北海道銀行頭取の笹原晶博氏と、北陸銀行・北海道銀行双方からの経営トップで舵取りを行っています。

拓銀に吸収されたもう1つの北海道銀行

実は「北海道銀行」という名称の銀行が、地銀の金融史のなかで、もう1行ありました。1906年に創業した北海道銀行です。その前身は小樽銀行。1906年に、小樽銀行が北海道商業銀行を合併し、改称したのが北海道銀行の始まりです。なお、小樽銀行は1897年12月、小樽にほど近い余市に、1894年1月に設立された余市銀行が改称した銀行です。

北海道銀行は、1928年3月に第百十三銀行を合併し、さらに1941年10月、道内の泰北銀行、北海道商工銀行、北海道殖産銀行の3行を買収しました。1943年12月には、道内の函館貯蓄銀行を合併しました。

ところが、その北海道銀行に大きな転機が訪れました。1944年9月、北海道拓殖銀行に吸収合併されたのです。この合併により、「北海道銀行」という名称が金融史のなかでは一度は消滅したことになります。