日本各地の「地銀」のルーツをたどってみよう。そのM&A=合従連衡の歴史をひも解けば、銀行や金融経済の成り立ちはもちろん、日本の伝統産業、商業の集積の移り変わり、各都道府県内にある市町村の歴史の“格”の変遷なども見えてくる。“ご当地銀行”の合従連衡史の7回目は、秋田県。 

この11月末、日本の8県10件(行事)の「来訪神」がユネスコの無形文化遺産に登録された。その代表ともいえるのが、秋田・男鹿のナマハゲだ。この大晦日、秋田では男鹿地方を中心に藁を羽織った鬼たちが、包丁と桶を手に男鹿地方の家庭を訪ね回るだろう。

襲う鬼に逃げ惑う子どもたち。鬼の来訪はその家庭の厄災をはらい、吉事をもたらすとされている。

その秋田には2つの地方銀行がしのぎを削っている。明治期に設立された国立銀行(第四十八国立銀行)の流れをくむ秋田銀行と、同じく明治期に秋田・横手地方に設立された私立銀行である増田銀行の流れをくむ北都銀行である。

店舗数は双璧をなすものの、2位に甘んじていた北都銀行

今日、秋田銀行と北都銀行はともに営業拠点数が80〜90前後と、まさに秋田金融の双璧、両雄の様相をなしている。だが、取引の実態は秋田銀行に軍配が上がる。適切ではないかもしれないが、北都銀行にとっての秋田銀行は、「目の上のたんこぶ」のような存在かもしれない。

2016年1月に帝国データバンク秋田支店が発表した「第4回秋田県内企業のメーンバンク実態調査」を見ると、秋田銀行と北都銀行の上位2行をメーンバンクとする県内企業が、県内企業全体の約8割に上っている。いわゆる東京に拠点を置くメガバンクをメーンバンクとする県内企業は有力とされる県内大手企業でもほとんどなく、みずほ銀行が0.39%の県内企業のメーンバンクとなっているにすぎない。完全に地方金融優位のお国柄といっていいだろう。

では、秋田銀行と北都銀行のシェアを見ると、秋田銀行が1位で5割、北都銀行が2位で3割といった状況だ。県内企業の主要業種別に見ても秋田銀行が1位で約5割、北都銀行が2位で約3割の状況は変わらず、まさに秋田銀行が1位、北都銀行が2位という秋田の地方金融の動勢は動かしがたい状況にあるのかもしれない。