日本各地の「地銀」のルーツをたどってみよう。そのM&A=合従連衡の歴史をひも解けば、銀行や金融経済の成り立ちはもちろん、日本の伝統産業、商業の集積の移り変わり、各都道府県内にある市町村の歴史の“格”の変遷なども見えてくる。“ご当地銀行”の合従連衡史の5回目は、岩手県。岩手の秋はまさに紅葉真っ盛り。県都・盛岡から望む岩手山の山腹も、あざやかな紅葉の赤に彩られる。

 その紅葉に勝るとも劣らぬ“荘厳な赤”の偉容を誇っているのが、盛岡の中ノ橋通にある岩手銀行赤レンガ館(以下、赤レンガ館)。岩手県最大の地銀、岩手銀行<8345>の旧本店だ。

 岩手銀行の創立は、1932年の岩手殖産銀行の設立にさかのぼる。その岩手殖産銀行の設立に関わったのが、1933年に営業免許の取消を受けて消滅した盛岡銀行。赤レンガ館は、もともと、その盛岡銀行の本店として建てられた。

 江戸時代から、赤レンガ館のある一角は「札の辻」と呼ばれていた。お札所があり、市が催され、当時もいまも盛岡の中心街である。まず、その赤レンガ館の歴史をたどってみたい。