子供の頃の俊太郎と初恋の女の子・梅子の冒険が微笑ましい。こっそり劇場に忍び込び、大人の間をぬって座り、箱入りのキャラメルを分けあいながら活動写真を見る。もちろん実体験ではありえないのだけれど、そんな二人の姿にデジャヴのようなものを感じる。
梅子を前に披露した活弁の体験が俊太郎を支えている。全盛期の山岡になりきった活弁が観客に大受けし安堵する俊太郎に、「人まねじゃないお前の活弁をやってみせろ」と山岡は言う。活動弁士は語りの台本も口調も、全て自分で考える。
俊太郎の活弁も人まねから自分だけのものへと進化していく。そのための種まきは、子供の頃の体験から培われたものに違いない。活動弁士を演じる俳優陣も役によって異なる弁士に習ったというが、同じ演目でも活動弁士が違えばまるで別作品のようにすら感じられるのは驚きだ。
箪笥を使ったギャグとしか思えないアクションを始めとした本作の喜劇は安心感をもたらす。中でも自転車の追走劇には、心がほっこりと温まる。出店が賑わう通りを俊太郎や追手の自転車が激走する。道を行く人々は「すません! すません!」と謝りながら進む俊太郎に道をあけ、かと思えば何が何やらわからず追手の自転車の後ろを押して手伝ってあげもする。愛おしい。
周防正行監督の作品には監督らしさが満ちている。その一つが、画面の外にも向けられる人への愛情だと思う。主人公たちをはじめ、暮らす人々一人ひとりの日常がスクリーンからあふれ出るかのようだ。わぁ! と思わず口を開け、吹き出し、ゲラゲラ声を上げて笑わずにいられない。2019年の笑い納めの一本としてもふさわしい本作を観れば、新年へのエネルギーチャージになりそうだ。
「カツベン!」
原題:Talking the Pictures
公開日:2019年12月13日(金)
監督:周防正行
脚本:片島章三
出演:成田凌 黒島結菜
永瀬正敏 高良健吾 音尾琢真 竹中直人 渡辺えり 井上真央 小日向文世 竹野内豊
公式サイト:http://www.katsuben.jp/
©2019 「カツベン!」製作委員会
文:宮﨑千尋(映画ライター)
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