フランスの著名な映画批評家、アンドレ・バザンは言っています。
「映画の美学は現実を明らかにするリアリズムであるべきだ」と。
映画とは、各時代を映し出す、鏡の一つと言えるかもしれません。そしてその鏡は、私たちが生きる現代を俯瞰(ふかん)して見るための手助けともなるのではないでしょうか。
“今”を見つめるビジネスマン/ビジネスウーマン必見!オススメの最新映画をご紹介します。
100年ほど前の日本で生まれ発展を遂げた活動弁士は、モノクロのサイレント映画(活動写真)を大衆娯楽へと引き上げた。活動弁士たちは工夫を凝らした独自の説明や語りで、楽士の奏でる音楽と共に、活動写真を楽しむ観客を魅了したという。
活動弁士を題材に、日本映画の輝かしい誕生期を描いた本作は撮影期間4ヶ月、取材に3年、原案は20年もの歳月をかけ生み出された。成田凌をはじめ、活動弁士としての技術も大いに磨き上げた俳優陣の個性豊かな活弁は必聴! 今こそ見たい、日本映画の始まりの物語。
子供の頃、活動弁士を夢見た染谷俊太郎(成田凌)は大人になり、有名な活動弁士と偽って泥棒一味の片棒を担ぎ日本全国を回っていた。俊太郎が活弁で人々を楽しませる裏で荒稼ぎをする泥棒一味にいよいよ嫌気がさした俊太郎は、熱血刑事(竹野内豊)の猛追をきっかけに泥棒たちから逃げだす。
ふらりと行き着いた小劇場・靑木館で個性豊かな従業員たちと知り合い、かつて憧れだった活動弁士・山岡秋聲(永瀬正敏)、夢を語り合った初恋の少女・梅子(黒島結菜)と再会する。
チャンスを得て、憧れの山岡の代役を務めることになった俊太郎は、劇場の看板弁士を任されるほどになるが、加担した悪事のために警察や裏切った泥棒一味に再び追われる身となる。おまけに靑木館は経営存続の危機という大ピンチに陥る。義理人情と映画愛に満ち溢れた、ドタバタエンターテイメント活劇だ。
活動写真が欧米から日本に入ってきた頃、新たな職業として活動弁士が生まれた。かつての売れっ子活動弁士で、今は日がな酒に溺れる山岡が劇中で弁士の存在意義を憂う。本来サイレント映画は、それだけで意味が通じるように作られたもの。勝手な解釈をつける必要があるのだろうか。自分たち弁士は活動写真がなくなったら必要のないちっぽけな存在なのではないか。
全盛期のような8000人もの弁士はさすがに存在しないが、日本の映画史を語るのに欠かせない存在として今なお日本国内そして海外にまで活躍の幅を広げる活動弁士たちがいる。AIが発達し、なくなる仕事と新たに生まれる仕事があるとされる現代にも通じるものを感じる。
子供の頃の俊太郎と初恋の女の子・梅子の冒険が微笑ましい。こっそり劇場に忍び込び、大人の間をぬって座り、箱入りのキャラメルを分けあいながら活動写真を見る。もちろん実体験ではありえないのだけれど、そんな二人の姿にデジャヴのようなものを感じる。
梅子を前に披露した活弁の体験が俊太郎を支えている。全盛期の山岡になりきった活弁が観客に大受けし安堵する俊太郎に、「人まねじゃないお前の活弁をやってみせろ」と山岡は言う。活動弁士は語りの台本も口調も、全て自分で考える。
俊太郎の活弁も人まねから自分だけのものへと進化していく。そのための種まきは、子供の頃の体験から培われたものに違いない。活動弁士を演じる俳優陣も役によって異なる弁士に習ったというが、同じ演目でも活動弁士が違えばまるで別作品のようにすら感じられるのは驚きだ。
箪笥を使ったギャグとしか思えないアクションを始めとした本作の喜劇は安心感をもたらす。中でも自転車の追走劇には、心がほっこりと温まる。出店が賑わう通りを俊太郎や追手の自転車が激走する。道を行く人々は「すません! すません!」と謝りながら進む俊太郎に道をあけ、かと思えば何が何やらわからず追手の自転車の後ろを押して手伝ってあげもする。愛おしい。
周防正行監督の作品には監督らしさが満ちている。その一つが、画面の外にも向けられる人への愛情だと思う。主人公たちをはじめ、暮らす人々一人ひとりの日常がスクリーンからあふれ出るかのようだ。わぁ! と思わず口を開け、吹き出し、ゲラゲラ声を上げて笑わずにいられない。2019年の笑い納めの一本としてもふさわしい本作を観れば、新年へのエネルギーチャージになりそうだ。
「カツベン!」
原題:Talking the Pictures
公開日:2019年12月13日(金)
監督:周防正行
脚本:片島章三
出演:成田凌 黒島結菜
永瀬正敏 高良健吾 音尾琢真 竹中直人 渡辺えり 井上真央 小日向文世 竹野内豊
公式サイト:http://www.katsuben.jp/
©2019 「カツベン!」製作委員会
文:宮﨑千尋(映画ライター)