一口にコンサルタントといっても多様化する消費社会とともに、専門領域は多種多様に細分化されている。農業コンサルタントというと、生産現場での技術指導を思い浮かべるが、大澤信一さん(62)は、米や野菜の作り方を教えているわけではない。

農業関連ビジネスに特化したコンサルティング活動を展開しており、最近、注目しているのは「観光農業」。その土地の新鮮な食材を使った料理で日本人や外国人の旅行者を生産地に呼び込み、地方を活気づけてはどうかという提言を行っている。そのためのフードシステムを構築し、事業者を支援するのが大澤さんの役割だ。

新規事業が失敗し独立

近年、和食の世界的なブームで「食と農」関連ビジネスが注目され、こうした分野で活躍するコンサルタントが増えてきた。農業コンサルタントの大澤さんもその1人。

宮城県仙台市で生まれ育ち、地元の大学を出た後、一時父親が営む税理士事務所で働いたが、簿記や原価計算が苦手で会計の仕事に馴染めず、大手シンクタンク、日本総合研究所(日本総研)の研究員に転職した。

会社で経験を積むうちに、組織の制約を受けるようになり、自分のやりたいことが出来なくなってくる。これはシンクタンクの研究員に限らず、早期退職者の共通した悩み。大澤さんが退職したのは、シンクタンクが嫌になったわけではなく、農業に関する自分の研究テーマを深く掘り下げ、改革プランを進めたいという思いが強くなったからだ。

会社勤めのときに取り組んだプロジェクトが不調に終わり、独立して再挑戦する。早期退職した起業家には、そういう人が少なくない。大澤さんは勤めている時、花の鮮度を保つ流通システムを作り、新しい形のフラワービジネスを企業に提案した。ところが、バブルが崩壊。経済界は新規事業どころではなくなり、花そのものが売れなくなってしまった。

3年間、フラワープロジェクトで地方を回っているうちに、農業というのはいろんな問題があるということに気づき、日本の農業危機の本質が見えてきた。

日本総研を55歳で退職して「農業活性化研究所」(千葉県市川市)を立ち上げ、フリーランスの農業コンサルタントになった。もともとシンクタンクでコンサルティングも行っていたが「組織より個人の方が動きやすい」(大澤さん)と思ったからだ。組織を去ることに「若干の躊躇はあった」(同)ものの、次の仕事が明確になっていたため、不安はなかった。(次回は11月20日掲載)

文:大宮知信