DJI(大疆創新科技)は広東省深圳市にあるドローンの世界的なメーカー。2015年4月、日本の首相官邸無人機落下事件で使われたのが同社製ドローンとされる。

ドローンは初めの頃、犯罪の道具に使われるなど、どちからといえば、あまりいいイメージを持たれていなかった。その活躍ぶりが注目されたのは2018年11月、米カリフォルニアで起きた大規模な森林火災。何度もドローンを飛ばすことで、広範囲な地域の火災状況を把握することができた。これは米史上最大のドローン緊急出動と言われている。この際のドローンもやはりDJI製だった。

今回はDJIの創業者で、現会長のフランク・ワン・タオを紹介する。フォーブスが毎年発表している「中国の富豪ランキング2019版」によると、62位にランクインしている。

幼少の頃からヘリコプターに興味

フランク・ワン・タオは1980年、浙江省杭州市で生まれた。子どもの頃から、模型飛行機が大好きだった。小学生の頃に赤いヘリコプターの冒険を描いた漫画を読んたのがきっかけとなった。ほとんどの時間を飛行機などのプラモデルに費やすようになる。

2005年、フランク・ワン・タオは香港科技大学の卒業プロジェクトで遠隔操作で動くヘリコプターの飛行制御システムを研究することに決めた。空中のどこでも停止できるヘリコプターにほかならない。半年以上研究したが、結局成功しなかった。

香港科技大学のロボット工学の李澤湘教授はそんなフランク・ワン・タオに大学院進学を勧めた。大学院に進み、日夜、研究開発に励み、ついに2006年、最初の試作品を完成させる。その後、1万香港ドルで深圳にDJIを設立した。この会社が後にドローンを発売する。

当初、会社は深圳の小さな住宅地に事務所兼作業場を構えていた。採用に苦労した。面接に訪れた人々は、その小さな事務所を見ると、すぐに去っていったという。

「夜明け前の暗黒の時代」を過ごす

創業当時のメンバーのうち、ドローン技術の知識があるのはフランク・ワン・タオだけで、彼は指導者としての役割も果たさなければならなかった。いつでも従業員たちとアイデアについて話をしたかったので、勤務時間外でも、頻繁に電話をかけたため、電話に出なかったり、仕事が終わると携帯電話の電源を切ったりする従業員もいたという。

本人は後に、この時期を「夜明け前の暗黒の時代」と呼んだ。一部の従業員は会社の資産を盗み、インターネット上で販売したり、DJIの初代製品が発売される直前に、海賊版を販売したり、散々な状況だった。

2013年、ドローン「ファントム」を発売

その後、恩師の李教授が会社に加わり、状況は好転する。教授が資金を提供しただけでなく、多くの優秀な学生たちに会社の存在を知られることとなったのだ。まもなく、DJIは最初のヘリコプター制御システムを発売することになる。

DJIは2013年、ドローンの「ファントム(Phantom)」を発売。たちまち世界シェア7割を握るまでになった。2015年にはAI搭載型農業用ドローンを投入し、農業分野に参入した。

2016年には、日本初となる「DJI認定ストア新宿」を東京・新宿にオープンし、「ドローンを飛ばせる店」として話題を呼んだ。DJIはドローン関連技術について、日本を含む世界中で数多くの特許申請を出願している。(敬称略)

photo by Dennis Sylvester Hurd:DJI製のドローン

文:M&A Online編集部