中国を代表する不動産開発会社、恒大集団の創業者で、現会長の許家印(シュウ・ジャアイン)を紹介する。

フォーブスが毎年発表している「中国の富豪ランキング2019版」によると、許家印はアリババのジャック・マー(馬雲)、テンセントのポニー・マー(馬化騰)についで、第3位にランクインしている。

許家印が率いる恒大集団は、深圳に本拠を置き、中国全土で事業を展開している。不動産業の他にも、テーマパークや老人ホーム、病院など運営している。最近では、電気自動車など「新エネルギー車」と呼ばれる分野へ進出。例えば、日本企業ではリチウムイオン電池開発のエナックス(東京)などと提携している。

10年間勤めた鉄鋼会社を退職

許家印は1958年河南省周口市で生まれた。翌年、母親は敗血症で亡くなってしまう。その後は、父親と祖母に育てられた。1975年に高等学校を卒業すると2年間、農村で働く。

1978年、許家印は周口市内で第3位の入試成績で、武漢鉄鋼学院(現在の武漢科技大学)に合格する。現在は大学に組み込まれたが、当時、武漢鉄鋼学院は、その名の通り、鉄鋼業界の人材育成のための学校であった。

1982年に卒業すると、河南武陽鉄鋼会社という鉄鋼会社に就職する。圧延工場の熱処理部の部長アシスタントとして働き始めたが、早くも翌年には部長に昇進する。

1987年には許家印が率いる部は政府から表彰されるなどし、順風満帆に見えた。ところが、暗転が待ち構えていた。1992年、会社の廃棄物を無断で売却したとして、会社の上層部から調査を受けることになる。従業員の福利厚生を改善する目的だったとはいえ、この問題をきっかけに会社を退職することになった。

不動産業界に転身し、恒大集団を設立

10年間、鉄鋼業界で働いてきた許家印だったが、転職した会社は、深圳中達集団という不動産会社だった。営業担当からスタートし、事務局主任に昇進する。1993年には不思議な縁があり、深圳中達集団の子会社として「深圳全達貿易公司」が設立され、許家印の古巣である河南武陽鉄鋼会社と共同事業を行うという出来事もあった。

1994年、深圳中達集団は、広州の不動産市場に進出するため、鹏達房地産公司を広州に設立した。広州での最初の不動産プロジェクトは、「珠島花園」であった。このプロジェクトは、深圳中達集団に巨額の利益をもたらす結果になる。1996年、許家印は深圳中達集団のトップと話し合いの結果、会社を退職することにした。

会社を退職すると、許家印は早速、「恒大実業集団公司」を設立し、広州に「金碧花園」と呼ばれる集合住宅を建設した。これは「中国における都市化コミュニティのトップ50」にランキングされ、不動産開発における有名ブランドになった。さらに、同じ期間に13件の不動産開発を行い、記録を樹立するまでになる。

早くも1999年、恒大集団は広州においてトップの総合不動産会社になった。2009年には、恒大集団は香港証券取引所に上場を果たしている。

広州のサッカークラブを傘下に

許家印は、会社経営者の顔だけでなく、大学教授としての顔も持っている。2003年、武漢理工大学の教授になる。2006年には、学術論文「中国の不動産業界におけるヒューマン・リソースのマネジメント分析」を発表している。

また、許家印はサッカー好きで有名である。2010年、恒大集団は広州のサッカークラブ「広州足球倶楽部」を傘下に収めた。その後は、「広州恒大足球倶楽部」として、アジア屈指のビッグクラブに成長させている。現在、このサッカークラブは、恒大集団とアリババ・グループの共同出資となっている。

また、スペインの強豪レアル・マドリードと提携し、サッカースクール運営を手がける。「恒大冰泉」ブランドのミネラルウォーターも販売している。(敬称略)

文:M&A Online編集部