中国最大の不動産開発会社「碧桂園(カントリー・ガーデン)」の創業者である楊国強の次女、楊惠妍を紹介する。

フォーブスが毎年発表している「中国の富豪ランキング2019版」によると、楊惠妍は第5位にランクインし、「中国の女性富豪ランキング2019年版」では第1位となっている。

20代でアジア1の女性富豪に

2007年、当時26歳の楊惠妍は、父親の楊国強から碧桂園の株式を譲渡される。碧桂園が香港市場に上場したことから、楊惠妍は同年のアジア・中国で第1位の富豪になる。20代の女性がアジア一の大富豪になり、話題を呼んだ。

碧桂園は広東省仏山市に本社を置く。タウンハウスやバンガローなどの住宅プロジェクトにとどまらず、駐車場や店舗なども手がける。ホテルの開発・運営にも積極的に取り組んでいる。

楊惠妍は1981年、広東省仏山市で生まれた。米国のオハイオ州立大学に留学し、マーケティングと物流を学んだ。卒業後、2005年に父の会社である碧桂園に入社すると、購買部のマネージャーとなる。

現在、楊惠妍は碧桂園の副主席として、投資案件の管理、人材マネジメント、成長戦略の策定などに従事している。不動産業界内で楊惠妍の評価は高い。よく働き、有能で、決断が早く、碧桂園を家族経営の小さな会社から、現代的な企業に転換させたと立役者とされる。

2006年、楊惠妍は結婚した。夫の陳翀はハルピンの出身。名門の清華大学を卒業後、英国マンチェスター大学に留学した。

楊惠妍の父親である楊国強は幼少の頃、非常に貧しい環境で育ったという。若い頃、「包工頭」と呼ばれる、建築工事などを請け負う「親方」をやっていた。その後、ある建築会社に就職すると、平社員から社長にまで上りつめた。

創業者の父親、娘を後継者として“英才教育”

1990年代に楊国強は、広東省仏山市にある広大な荒地を低価格で落札する。この土地を「碧桂園」と命名し、不動産開発に乗り出したのが碧桂園の始まりである。

楊国強は、メディアのインタビューなどをほとんど受けないことで有名だった。そんな楊国強だったが、2007年の香港市場上場に際し、インタビューを受け、碧桂園の後継者問題について語っている。

なぜ、こんなに早い段階で、娘の楊惠妍に株式を譲渡するのか、という質問に対して、株式を譲渡することで、楊惠妍に責任が芽生え、本当の意味で碧桂園の後継者になることを希望している、と答えている。

実は、父の楊国強は楊惠妍が13歳の頃から、碧桂園の取締役会に参加させていたという。会議後には、楊惠妍に会議の内容を口述させ、どんな内容が有意義だと思ったか、質問していた。さらに、役員の評価までさせていたという。この父親独自の教育により、早くから、楊惠妍には後継者としての自覚と責任ができていたと言われている。

博実楽教育グループはNY市場に上場

2018年、楊惠妍は、「博実楽教育(Bright Scholar Education)グループ」という学校経営の会社の会長に就任した。この会社も、父の楊国強が創業し、もともと、碧桂園教育グループという名称だった。1994年に、碧桂園の敷地の中に、中国で最も古いインターナショナルスクールの1つである広東碧桂園学校が建設した。

現在、博実楽教育グループは7つのインターナショナルスクール、15のバイリンガルスクール、58の幼稚園などの運営を行っている。2017年に、博実楽教育グループはニューヨーク市場に上場した。(敬称略)

文:M&A Online編集部