今回は、スポーツアパレル大手「中国動向集団有限公司」を生んだ「李寧有限公司」の創業者であり、現会長の李寧(リ・ニン)を紹介する。

中国動向集団は2002年に、「李寧有限公司」の子会社として設立された。李寧有限公司は、オリンピック体操選手だった李寧が自身の姓名(Li Ning)をブランドとして、1989年に立ち上げたスポーツ用品メーカーである。

国際大会で数々のメダルを獲得し「体操王子」の異名

李寧は1963年に、広東省に隣接する中国南部の広西チワン族自治区で生まれた。チワン族は中国最大の少数民族とされる。本籍は広東省佛山市にあったが、曾祖父の代に広西に移住したという。

6歳で体操を始めた。1971年に広西チワン族自治区の体操チームに入り、才能を発揮した。1980年には中国の体操チームに選出される。

李寧は1982年の第6回体操ワールドカップ ザグレブ大会で、7種目の男子個人種目のうち、金メダル6個を獲得し、中国体操史上に残る驚異的な成績を収めた。中国では「体操王子」と呼ばれるようになった。

中国体操界では有力選手が輩出し、中国選手の名前から命名された多くの技が国際体操連盟の歴史に残っている。例えば、月久宙返り、莫氏宙返り、楊波跳び、羅麗倒立ひねりなどがある。

また、中国体操男子チームは1983年の第22回世界体操選手権ブダペスト大会で、当時、世界王者だったソ連チームに勝ち、男子団体で金メダルを獲得した。李寧はこの金メダルにも貢献し、1980年代を通して、中国代表の中心的な選手として活躍した。

「李寧(Li Ning)」ブランドでスポーツ用品メーカーを設立

李寧は、1988年のソウルオリンピック終了後、現役引退を表明する。引退発表の後、自身の名前である「李寧(Li Ning)」というブランド名で、スポーツ用品の製造・販売を行う会社李寧有限公司を設立した。

そして、1990年のアジア大会の中国代表団のスポンサーとして「李寧」をスタートさせる。「李寧」の登場で、オリンピックなどの国際大会で中国選手団が外国ブランドのウエアを着用するという歴史は終わったと言われている。「李寧」は、事実上、中国で最初のスポーツ用品ブランドになった。

李寧有限公司はスポーツウエアやスポーツシューズなどを幅広く手がけ、総合的なスポーツ用品メーカーに成長を遂げた。中国国内では米ナイキ、独アディダスに次ぐ第3位のシェアを占める。

中国で人気の高いバスケットボールの市場にも力を注いでいる。2004年アテネオリンピックの男子金メダルのアルゼンチン代表チーム、2006年男子世界選手権優勝のスペイン代表チームなどとユニフォームの供給契約を結んでいる。

李寧は、同郷でやはり体操女子の中国代表だった陳永妍と1993年に結婚し、1999年には長男も生まれている。

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2002年、アパレルの中国動向集団を立ち上げ

李寧は、会社の次の戦略として、2002年に「中国動向集団」を子会社として設立することにした。照準を合わせたのはスポーツアパレル分野。イタリアの「カッパ(Kappa)」が中国動向集団の最初の契約ブランドになった。

李寧は中国大陸とマカオで「カッパ」ブランド製品の独占販売権を取得した。中国動向集団は2007年に香港証券取引所に上場した。2008年にはオリックス傘下のスポーツウエアメーカーの「フェニックス」を買収した。

2008年の北京オリンピックで、李寧は聖火リレーの最終ランナーとして開会式に登場した。ワイヤーアクションで、宙に舞い1周回ると、聖火台に点火する役割を務め、鮮烈なインパクトを残した。(敬称略)

文:M&A Online編集部