研究の背景

 1990年代末を境として、日本企業によるM&Aは大幅に増加した。この変化をもたらした要因の1つとして、企業による「選択と集中」があげられることが多い。ここでいう「選択と集中」とは、「多角化で広がりすぎた事業領域を、周辺的な事業からの撤退により整理し、経営資源・努力を本業へと集中させやすい構造を作ること」と理解できる。しかしながら、こうしたリストラクチャリングとM&A市場の成長にどのようなつながりがあるのか、学術的な研究からはほとんど明らかにされていない。日本のM&Aの研究の多くは、企業同士が丸ごと結合する大掛かりな取引を対象としてきたが、そうした取引の担い手は、普通多角化の進んだ企業ではないからである(Ushijima, 2010)。このことは、石油、紙・パルプ、医薬品、銀行など、主要企業間の統合が進んだ産業を想起すると分かりやすい。これら産業に共通する特徴は、大企業であっても専業度が高い(多角化度が低い)ことなのである。「選択と集中」という言葉で一般にイメージされるような、高度に多角化した企業同士が丸ごと統合されることは稀である。

部分的な結合に注目する

 多角化した企業間での結合が少ない理由としては、統合のコストや統合後の経営の複雑さといった問題が考えられる。であれば、これら問題の起きにくい部分的な結合に注目することで、「選択と集中」とM&A市場との関係が明確になる可能性がある。そうした結合の1つの形は、部門、子会社、工場など、ある企業の特定の事業組織に的を絞って別の企業が行う買収である。筆者とUlrike Schaede教授(カリフォルニア大学サンディエゴ校)は、日本企業間での子会社の買収(売却)に注目して、実証分析を行った。分析の対象は、1996~2010年に日本経済新聞により報道された東京証券取引所1部上場企業(金融機関を除く)間の取引で、レコフのM&Aデータベースより取引額が分かる149件である。

取引と企業の特徴

 これらの取引には、いくつか興味深い特徴がある。まず、異業種の企業間での取引が多い。企業が属する産業(本業)をレコフの40業種分類ベースで定義すると、85%の取引で、売り手と買い手が別の産業に属する企業であった。同様なレベルの分類を用いた過去の研究によると、企業丸ごとのM&Aでは同じ産業内の企業の組合せが70~80%に達する。したがって、子会社の買収(売却)と企業レベルでの結合は、取引を行う企業の所属する産業という点で、構造が全く逆なのである。子会社の買収(売却)が異業種企業間の取引であるということは、売り手と買い手の少なくとも一方が、本業外の領域(すなわち、多角化事業)で取引を行っていることを示唆している。実際に取引された子会社の事業上の位置づけを見てみると、53%の買い手は本業内での買収であったのに対し、79%の売り手は本業外の子会社を売却していた。これは売り手企業の多角化の縮小(選択と集中)が、子会社の売却を促した重要な要因であったことを示している。

 企業レベルでも、興味深い特徴がある。まず、子会社を売却する企業の方が、買収する企業よりも一般に大きい。平均総資産は買い手が0.8兆円であるのに対し、売り手は1.7兆円と倍である。これは、大きな企業が小さな企業をターゲットにすることが多い通常のM&Aとは逆である。事業の多角化度にも違いがある。有価証券報告書に記載された事業セグメント数を比較してみると、売り手企業の平均が4.3であるのに対し、買い手の平均は3.2であった。1994-2005年の間に、合併持株会社による経営統合を行った上場企業の事業セグメント数の平均は2.6であったから(Ushijima, 2010)、ここからも多角化した企業のリストラクチャリングとして、子会社買収(売却)が重要な役割を果たしてきたことが分かるだろう。

株式市場の反応

 これら取引に、株式市場はどのように反応してきただろうか。イベントスタディという手法により、売り手と買い手、双方の企業について、取引が報道された当日と前日の2日間における株式の累積超過収益率(CAR: cumulative abnormal return)を計測した。結果は買い手と売り手で異なる。買い手については、Fuller et al. (2002)、Moeller et al. (2004)など、米国企業の最近の研究と整合的な結果が得られた。すなわち、子会社買収は平均的に株主価値を増加させる。我々のサンプルにおける平均(中位)CARは0.8(0.7)%であり、統計的に有意である。一方、子会社を売却した企業の平均(中位)CARは-0.3(-0.4)%であり、統計的に有意ではない。すなわち、平均的にみれば、子会社の売却は親会社株主にとって、良いニュースでも悪いニュースでもない。これは興味深い結果である。米国企業による事業資産の売却に関しては、売り手企業の株価へのプラスの効果が繰り返し確認されており(Eckbo and Thorburn, 2008)、これはリストラクチャリング研究における1つの「定型化された事実」といえるからである。

 なぜ株式市場は日本企業による子会社売却に、比較的「冷淡」なのだろうか。興味深いことに、市場は取引自体の価値は買い手にも、売り手にも肯定的にとらえている。買い手と売り手の双方のCARが、取引規模(=取引額÷企業の時価総額)との強い正の相関を示すからである。このパターンは、資産の移転による効率性の上昇(シナジー)を分かち合うことで、売り手と買い手の双方が便益を享受すると市場が期待していることを強く示唆している(Mulherin and Boone, 2000)。

 取引の価値がプラスであるのに、株価の反応が振るわないとすれば、それは子会社の売却が売り手企業に関する別のマイナス情報も同時にもたらすため、効果が相殺されているというシナリオが考えられる。そうした情報として考えられるのは、売却の意思決定を促した事業環境の悪化、あるいはその見込みである。実際、売り手企業の総資産利益率(ROA)と売上高変化率をフォローしてみると、平均的にアナウンス後の低下が観察される。特に売上高については、かなり強い縮小傾向が見うけられる。需要の後退や競争の激化など、予見される事業環境の悪化に対応して、企業が子会社売却に踏み切っているとすれば、売却のアナウンスメントが、将来の事業環境悪化の可能性という新しい情報を同時に伝達している可能性がある。

さらなる研究が必要

仮にそうした情報効果が存在するとしても、それが日本企業で顕著なのはなぜだろうか。1つの可能性として、日本企業は米国企業に比べて、より深刻な事業環境の悪化が予想されないと売却に踏み切らないために、実際に売却がアナウンスされた時の負の情報効果が大きくなるという説明があるかもしれない。何にせよ、日本企業のリストラクチャリング行動と、その短期的、長期的なパフォーマンス効果については、研究の余地と必要性がまだまだある。

文:牛島辰男(出典:独立行政法人経済産業研究所)

参考文献
・Eckbo, B.E., Thorburn, K.S., 2008. Corporate restructuring: Breakups and LBOs, in: B. Espen Eckbo (ed.) Handbook of Empirical Corporate Finance, Volume 2. Elsevier: Amsterdam, Holland.
・Fuller, K., Netter, J., Stegemoller, M, 2002. What do returns to acquiring firms tell us? Evidence from firms that make many acquisitions, Journal of Finance 57, 1763-1794.
・Moeller, S.B., Schlingemann, F.P., Stulz, R.M., 2004. Firm size and the gains from acquisitions, Journal of Financial Economics 73, 201-228.
・Mulherin, J.H., Boone, A.L., 2000. Comparing acquisitions and divestitures, Journal of Corporate Finance 6, 117-139.
・Ushijima, T., 2010. Understanding partial mergers in Japan, Journal of Banking & Finance 34, 2941-2953.

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