研究の背景

 1990年代末からの日本企業によるM&Aの増加をもたらした要因の1つとして、企業による選択と集中(過度な多角化の修正)があげられることが多い。しかしながら、そうしたリストラクチャリングとM&Aの増加にどのようなつながりがあるのかは、十分に明らかではない。この研究は、企業間の子会社買収(売却)に注目し、このつながりを分析するものである。サンプルは、1996年から2010年の間に東京証券取引所1部上場企業間で行われ、日本経済新聞において報道された149件の取引である。

分析結果

 分析の結果、いくつか興味深い事実が明らかになった。まず、子会社買収(売却)は、異業種企業間で行われることが多い。企業が属する産業(本業)をレコフの40業種分類ベースで定義すると、85%の取引で、売り手と買い手は別の産業に属していた。これは、売り手と買い手の少なくとも一方が、本業外の領域(多角化事業)で取引を行っていることを示唆している。実際に取引された子会社の位置づけを見てみると、53%の買い手は本業内での買収であったのに対し、79%の売り手は本業外の子会社を売却していた。これは売り手企業の選択と集中が、子会社の取引を促した重要な要因であったことを示している。

 企業の特徴を見てみると、売り手の方が買い手企業よりも一般に大きい。これは、大きな企業が小さな企業をターゲットにすることが多い通常のM&Aとは逆である。事業の多角化度も売り手企業の方が有意に高く、ここからも子会社売却が、多角化企業のリストラクチャリングにおいて重要な役割を果たしてきたことが分かる。また、総資産利益率などのパフォーマンス指標を比べると、買い手の方が売り手企業よりも優れていた。

 これら取引に、株式市場はどのように反応しただろうか。取引が報道された当日と前日における株価の反応を、超過収益率という尺度で見てみると、買い手については平均的に有意にプラスであった。すなわち、買収は株主価値を増加させる。一方、子会社を売却した企業の超過収益率は、平均的にゼロであった。こうした違いはあるものの、買い手、売り手ともに、株価の反応は取引規模とプラスに相関する。このパターンは、取引にシナジー(資源の企業間移転による効率性の上昇)が存在し、その便益を売り手、買い手の双方が享受すると市場が期待していることを示唆している。

 取引の価値がプラスに評価されているにもかかわらず、売り手企業の株価の反応が振るわないのはなぜだろうか。売り手のパフォーマンスをフォローしてみると、特に売上高の伸びで、売却後の停滞が観察される。図に示すように、この傾向は本業領域において売却を行った企業で特に強い。ここから考えられるシナリオは、子会社売却が事業環境の停滞や悪化というマイナス情報を付加的にもたらすため、取引自体の持つプラス効果が株価形成において相殺されているということである。

政策的含意

 上の結果は、日本企業のリストラクチャリングと株式市場の間の皮肉な関係を示している。分析期間を通じて、投資家やアナリスト等の市場関係者は、選択と集中をはじめとするリストラクチャリングの実行を、多くの企業にもとめてきた。だが、実際にリストラクチャリングが行われると、市場は諸手を挙げて歓迎するわけでは必ずしもなく、あいまいな(どちらかといえばネガティブな)反応にとどまる。我々の分析によれば、これはリストラクチャリングの背後にある企業行動への合理的な反応である。だが、市場が期待するリストラクチャリングが、市場自身の反応により抑制されている懸念があるのである。

 この関係は、経済全体にとっても望ましいものではない。問題事業の整理の遅れは、企業内における他事業への投資の不足や遅れを引き起こしがちである。事業資産が企業間でスムーズに移動しないため、資源配分の効率性という点でもロスが生じる。これらは経済成長の原動力である生産性向上の阻害要因となる。リストラクチャリングに市場が好意的に反応し、それが企業の変革をさらに後押しするという好循環を実現するためには、企業の行動が変わらなければならない。それを実現する1つの方法は、必要なリストラクチャリングを早期に実施することへのインセンティブを、政策的に企業に提供することであろう。

図:子会社を売却した企業の売上高の対前年度変化率(中央値)の推移

文:牛島辰男(出典:独立行政法人経済産業研究所)