東京23区で随一の「山」といえば、標高約26メートルの愛宕山(港区)。では同じ23区で唯一、「渓谷」と名の付く場所とは? 答えは世田谷区の等々力(とどろき)渓谷。住宅地のど真ん中にある。

渓谷美が1キロメートルほど続く

なんと渋谷から電車で20~30分。東急大井町線等々力駅から歩いて3分ほどで渓谷の入口に着く。「ゴルフ橋」のたもとから階段を降りると、遊歩道が多摩川に向かう谷沢川に沿って伸び、一帯は世田谷区立等々力渓谷公園として整備されている。

ゴルフ橋という呼び名は昭和の初めに旧下野毛、等々力村にまたがるゴルフ場があったことに由来する。遊歩道から見上げると、朱色に塗られたアーチ形の鉄骨が印象的で、ランドマーク的な存在といって差し支えない。

等々力渓谷は武蔵野台地の南端に位置し、谷沢川が台地面を浸食してできた。渓谷の長さは約1キロメートル。台地と谷との標高差は10メートルほどあり、街中の喧騒もここまでは届かず、まるで別空間に思える。

渓谷の斜面にはケヤキ、シラカン、コナラ、ヤマザクラ、イロハカエデなどの樹木が生い茂り、湧水がとどまる窪みにはシダ類などの湿性植物が点在し、渓谷美を堪能できる。

遊歩道を進むと、等々力不動尊につながる石段がある。石段下には不動の滝があり、今では想像できないが、かつては滝に打たれて行をする修行僧が各地から訪れたと言われている。

渓谷沿いにある「不動の滝」

また、渓谷沿いでは古墳時代から奈良時代にかけて作られたとされる横穴古墳が発見されている。昭和48(1973)年に見つかった3号横穴は奥行き13メートルで、埋葬人骨や副埋葬品も良好だったことから保存措置が講じられている。

昭和初期まで人の立ち入りもほとんどなく…

都教育委員会による案内看板にはこう記している。昭和5(1930)年~13年にかけて谷沢川の流路を整備し、小径を設けるまでは不動の滝からゴルフ橋にいたる渓谷内はほとんど人の立ち入ることもなく、キジなどの鳥類や、イタチ、キツネなどの小獣類、各種昆虫類の宝庫だったという。

のどかな田園風景の中にあった当時でも、“秘境”扱いされていた様子がうかがえる。大昔は滝の音が轟(とどろ)いていたのだろうか。きっと、それを教えてくれるのが等々力(とどろき)という地名に違いない。

コロナ禍で遠出が遠慮される折、東京23区の「小秘境」を踏破するのも一考に値するのではないだろうか。

“谷底”を流れる谷沢川に沿って遊歩道が整備されている

文:M&A Online編集部