田園調布といえば、日本有数の高級住宅街。東京・大田区にあり、東急東横線・田園調布駅の西側に扇状に広がる街路には大邸宅が並び、戦前戦後を通じて多くの著名人が住む。そんな田園調布に例えられる街が都内の意外な場所にある。

環状のプロムナード、曲線を多用した街路に

「板橋の田園調布」。こう呼ばれるのが板橋区常盤台だ。池袋から埼玉方面に向かう東武東上線に乗って5つめのときわ台駅の北側に位置する。

田園調布が引き合いに出されるには相応の理由がある。田園調布は1920年代、日本で初めて庭園都市(ガーデンシティー)として計画的に開発・分譲されたことで知られるが、常盤台も同じように斬新なアーバンデザインに基づくからだ。

最大の特徴は住宅街を一周できる環状のプロムナード(散歩道)。曲線を多用した街路とし、クルドサック(袋路)を5カ所に配置した。クルドサックというのは道路の突き当りがロータリー状になった構造で、自動車の通り抜けができず、Uターンするしかない。居住者以外の車が入ってこられないようにした工夫だ。

街路の行き止まりがロータリー状に…所どころに設けられたクルドサック(袋路)

東武鉄道が1935年、沿線開発で住宅地を整備

1935(昭和10)年に、東武鉄道が沿線開発の一環として「常盤台住宅地」を整備し、分譲住宅を売り出した。この時、現在のときわ台駅(当時は武蔵常盤駅、1951年に改称)も開設された。以来、折に触れて先輩格の田園調布と比較されるようになったらしい。

板橋区というと、東京のローカルというイメージがある。かつては双眼鏡や望遠鏡などの光学機器産業が盛んで、中小の町工場の集積では今も都内有数。高島平の高層団地を連想する向きも少なくない。

“本家”の田園調布と比較されると、地元住民は面映ゆいかも知れないが、古き良き時代のアーバンデザインに興味のある人にもってこいの場所が常盤台(ときわ台)界隈だ。知る人ぞ知る「板橋の田園調布」をぶらり探索してみては。

「常盤台住宅地」案内図(ときわ台駅に掲示)

文:M&A Online編集部