「東京都立大学」の校名が2020年4月に15年ぶりに復活することになった。現在の首都大学東京(東京都八王子市)は2005年、東京都立大を中心に都立の4大学が再編・統合して誕生したが、知名度が今一つ上がらず、“新興大学”と混同されるなど、学生も肩身の狭い思いをしていたのが実情。

産業界でも新日鉄住金が2019年4月に、かつての「日本製鉄」という社名を69年ぶりに復活させる。大学名が消えても「都立大学」(東横線)として私鉄の駅名に残るほどの公立の雄・東京都立大学とは。

2005年に発足した「首都大学東京」と「新銀行東京」

首都大学東京は、東京都立大、東京都立科学技術大、東京都立保健科学大、東京都立短期大を母体として、公立大学法人首都大学東京が運営する。当時の石原慎太郎知事が旗振り役となり、大学版M&A(合併・買収)を断行したのだ。大学の名前が校名の最後にない唯一の大学としても話題を集めた。

首都大学東京が開学した2005年といえば、同じようなネーミングの銀行が都内でスタートした。「新銀行東京」だ。別名は「石原銀行」。

石原都知事の肝入りで開業し、資金繰りに悩む中小・ベンチャー企業の支援を目的に無担保・無保証融資を売り物にした。ところが、新銀行の経営は思うに任せず、都が公的資金を投入して再建を図った。2016年に東京TYフィナンシャルグループに傘下に入り、東京都民銀行、八千代銀行と経営統合。今年5月、持ち株会社会社のもとで、東京都民、八千代と合併して「きらぼし銀行」が発足したのに伴い、新銀行東京の名前はついに消えた。

石原氏が主導した首都大も今回、学生への周知期間を経て、2年後にその名と別れを告げる。大学名変更を後押ししたのは小池百合子現知事。7月に都庁であった会議で「大学名を変えるくらいの大胆な改革を進めることが必要だ」と発言し、事態が大きく動くことになったのだ。

1929年創立の7年制「府立高校」がルーツ

初代校長・川田正澂の像

東京都立大は1929(昭和4)年に設置された7年制の旧制府立高校(1943年に都制移行に伴い都立高校に改称)に始まる。7年制高校とは4年間の尋常科と3年間の高等科からなり、英国パブリックスクールのイートン校を模範とし、自由と自治を重んじるリベラルな気風を建学精神とする。本部キャンパスの正門脇には、府立高校の初代校長を務めた川田正澂氏の像が建つ。

戦前、7年制高校は全国に8校あった。このうち東京には東京高校(官立)、府立高校(公立)、武蔵高校、成蹊高校、成城高校(いずれも私立)の5校があった。残る3校は公立の富山高校(富山)、浪速高校(大阪)、私立の甲南高校(兵庫)。その当時、府立高校は旧制一高と双璧をなす超がつくエリート校だった。