ジョンが「アプリコット・レーン・ファーム」の開拓を始めたのは8年前。映像のプロであるジョンも農業に関してはゼロからのスタートだった。妻のモリーが伝統農法の分野で世界的に名の知れた専門家、アラン・ヨークに教えを乞う。
農場の中に生態系を再現することを目標とするアランは、生物多様性が農業の簡素化に繋がり、問題点も解決すると説く。例えば土地を覆いつくす下草のような被覆作物は範囲が広く刈り取るのが手間だが、草を羊のエサにすることで草はなくなり、羊が出す糞が土を肥やす。
動物、植物、昆虫などの間のバランスを辛抱強く、注意深く整えていくことで、生命のサイクルが回り始め、共生のリズムが生まれてくる。鍬(くわ)も刺さらなかったほどの荒れ果てた土地が、8年後には手で持ち上げるとほろほろと崩れる肥沃な土壌に生まれ変わった。アランの教えとして紹介される「自然は完璧だ」のコメントが、観る者に実感を持って迫ってくる。
驚いたことに、本作では農場経営の資金繰りが厳しいといったエピソードは語られなかった。日本の同種のチャレンジでは資金や人手が問題になりがちなのとは対照的だ。資金のなかったジョンとモリーの夫婦は農場開拓のプランを示して投資を募り、投資家が資金を提供した。
夫婦の理想に共感した人たちが農場を訪れ、事業に参加する。8年かけて作り上げた農場では鶏や羊、牛などを飼い、伝統的な有機農業で200種類以上の農産物を栽培。そこにアグリツーリズムと呼ばれる農業体験として多くの人が農場を訪れる。農業がビジネスとして回り始めたのだ。映画制作を生業にしてきたジョンらしい選択といえるだろう。アメリカという国の懐の深さや底力を感じさせる。
文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)
<作品データ>
『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』
監督:ジョン・チェスター
出演:ジョン・チェスター、モリー・チェスター
配給:シンカ
2018/アメリカ/英語/91分/シネスコ/原題:The Biggest Little Farm
© 2018 FarmLore Films, LLC
公式サイト:http://synca.jp/biglittle/
2020年3月14日(土)、シネスイッチ銀座、新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMA他、全国順次公開
チェスター監督インタビュー:「ビッグ・リトル・ファーム」監督が語る現代農業の「問題」とは