原作にないラストで希望を見せた『酔うと化け物になる父がつらい』

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©菊池真理子/秋田書店 ©2019 映画「酔うと化け物になる父がつらい」製作委員会

帰る前に軽く一杯のつもりが、ついつい飲み過ぎて、帰宅したときには泥酔状態。家族に呆れられながら介抱される。サラリーマンなら一度や二度は経験があるだろう。

映画『酔うと化け物になる父がつらい』はアルコール依存症の父を持つマンガ家・菊池真理子が、毎日のように泥酔して帰ってくる父を“化け物 “と捉え、辛さを笑いに昇華することで必死に生きてきた日々を描いたコミックエッセイの実写化である。

<あらすじ>

日曜日、夏休み、クリスマス。思い出の中の父はいつも酔っていた。 普段は無口で小心者なのに、酔うと“化け物”になる父(渋川清彦)と、新興宗教にハマる母(ともさかりえ)。一風変わった家庭で育った主人公のサキ(松本穂香)は、“化け物 “のおかしな行動に悩まされ、徐々に自分の気持ちに蓋をして過ごすようになる。自分とは正反対で明るく活発な妹(今泉佑唯)や、学生時代からの親友(恒松祐里)に支えられ、家族の崩壊話を得意の漫画で笑い話に昇華しながら日々の辛さをやり過ごしていた。

ある日、アルコールに溺れる父に病気が見つかる。医者が言い渡した余命は半年。突然のことで、サキは何も考えられない。そんなとき父が借金を作っていたことが発覚し、今まで抑えてきた気持ちが一気に爆発してしまう。

©菊池真理子/秋田書店 ©2019 映画「酔うと化け物になる父がつらい」製作委員会

ト書きや吹き出しを使って娘の思いをコミカルに演出

親の飲酒に苦しむ子どもは少なくない。原作はウェブサイト「チャンピオンクロス」(秋田書店)にアップされた作者の実体験に基づくコミックエッセイで、アルコール依存症の父に振り回された日々を娘の視点で描いている。共感する人が多く、第一話が公開されるとアクセスが集中してサーバーがダウン。サイトは一時アクセスができなくなったという。

重く暗い内容だが、片桐健滋監督は娘のモノローグをト書きや吹き出しにして、コミカルに演出した。娘が父親のアルコール依存を寂しさの発露だとむりやり正当化して受け入れ、共依存関係に陥っていく様が伝わってくる。父親とうまくやっていくために自分の気持ちを封印したとき、普段は不機嫌な顔しか見せていなかったのに、ぎこちなくだが、にっこり笑う。その瞬間、心の蓋を閉める音が聞こえてきたかのようだった。

娘を演じたのは松本穂香。アルコール依存症の父と新興宗教にハマる母に振り回され、自らの感情の行き場を失う娘を繊細に演じた。NHK連続テレビ小説「ひよっこ」(17)で注目されて以来、TBS日曜劇場「この世界の片隅に」(18)など数々のドラマや映画で主演を務め、今後が期待される若手演技派である。

原作に描かれていない父親の背景も描く

父親は酒に弱く、すぐに酔いつぶれてしまうが、暴力を振るうことはない。翌朝にはきちんと出社する。会社の信頼は厚い。

脚本も担当した片桐監督は原作の雰囲気を保ちつつ、コミックに描かれていない父親の背景を加えた。酒もタバコも嗜まない会社の同僚から「仕事にはお酒の付き合いが欠かせない。飲めない自分は不利だ」と愚痴をこぼされたり、リストラ計画を知っていた人事担当者として、出向させられる同僚と会社の板挟みになったりする。やりきれない気持ちが、酒にすがる気持ちに拍車をかけた。

父親を演じた渋川清彦は凶悪犯からお茶目な役まで、さまざまな役をこなす実力派である。酒を断ち、良き父親としての努力をしているとき、定食屋で出された粕汁の匂いに敏感に反応し、夕飯の買い物で立ち寄ったスーパーでワインの試飲に心が揺れて逡巡する。どこか憎みきれない雰囲気を感じさせるのだ。

解決すべきはコミュニケーション不足だったのでは?

家族が壊れるきっかけを作ったのはアルコール依存症だが、崩壊へ導いた真の理由はコミュニケーション不足にあったことが、本作のそこかしこで示唆される。例えば、酔い潰れた父親を送ってきたスナックのママが父親の娘に対する気持ちを代弁する。しかし、そこには父親の勘違いがあった。直接伝えていれば、娘は「違う」と言い返すこともできただろうが、わかってもらえていないという思いだけが娘に残る。

母親の不満は夫が酒を飲むことではなく、女として愛されていると感じられないことだった。父親も新興宗教にハマった妻に不満を感じていたことがセリフから伝わってくる。みな不満を心に抱え込み、気持ちがすれ違っていく。

監督は原作にないラストを加えることで、希望を見せた。それが間に合ったのか、遅かったのかは見る者によって受け止め方はさまざまだろう。生き辛さを感じながらも必死に生きている人の背中を遠慮がちにそっと支えてくれる。温かく、つつましやかな作品である。

文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

酔うと化け物になる父がつらい
©菊池真理子/秋田書店 ©2019 映画「酔うと化け物になる父がつらい」製作委員会

<作品データ>
『酔うと化け物になる父がつらい』
出演:松本穂香、渋川清彦、今泉佑唯、恒松祐里、濱 正悟、安藤玉恵、宇野祥平、森下能幸、星田英利、オダギリジョー、浜野謙太、ともさかりえ
監督:片桐健滋
原作:菊池真理子『酔うと化け物になる父がつらい』(秋田書店刊) 脚本:久馬 歩 片桐健滋
音楽:Soma Genda
主題歌:GOOD ON THE REEL「背中合わせ」(lawl records)
制作:MBS よしもとクリエイティブ・エージェンシー
制作プロダクション:CREDEUS
配給:ファントム・フィルム
製作:吉本興業 MBS ユニバーサル ミュージック 秋田書店 VAP ファントム・フィルム ©菊池真理子/秋田書店 ©2019 映画「酔うと化け物になる父がつらい」製作委員会
公式サイト:https://youbake.official-movie.com/
2020 年3 月6 日(金)新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

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