殺処分寸前で保護した愛犬トッドの鳴き声が原因で、ロサンゼルスのアパートを追い出されたカメラマンのジョンと料理家のモリー。料理家の妻がかねてから、身体に良い食材を自分で育てたいと考えていたこともあり、夫婦は郊外に移り住んで農場を拓くことを決心する。
しかし、そこに広がっていたのは200エーカー(東京ドーム約17個分に相当)もの荒れ果てた農地だった。2人は大自然の厳しさに翻弄されながらも、自然からのメッセージに耳を傾け、未来への希望に満ちた美しい農場「アプリコット・レーン・ファーム」を創りあげていった。
『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』は、自然をこよなく愛する夫婦が夢を追う8年間の軌跡を描いたドキュメンタリーである。
自然の撮影を得意とする映像カメラマンのジョン・チェスターが自ら農場の開拓者となり、夫婦で奮闘するさまをカメラに収めていくところに、本作の妙味がある。荒地を開墾する奮闘努力は1人称で語られるが、被写体を捉える視線は冷静かつ客観的だ。
ため池から一斉に飛び立つ鴨、急降下で獲物を捕らえる鷹、熟した果物に群がる虫、子豚を17匹も産む母豚の表情…。動物や植物、昆虫の日々の営みが切り取られ、鮮やかな印象を残す。開拓の初期から使用したドローンやハイスピードカメラが、広がりと深みをもたらした。緑豊かな農場を空から撮影したドローンの映像は息をのむほどに美しい。まさに映像のプロの面目躍如といったところだろう。
ジョンが「アプリコット・レーン・ファーム」の開拓を始めたのは8年前。映像のプロであるジョンも農業に関してはゼロからのスタートだった。妻のモリーが伝統農法の分野で世界的に名の知れた専門家、アラン・ヨークに教えを乞う。
農場の中に生態系を再現することを目標とするアランは、生物多様性が農業の簡素化に繋がり、問題点も解決すると説く。例えば土地を覆いつくす下草のような被覆作物は範囲が広く刈り取るのが手間だが、草を羊のエサにすることで草はなくなり、羊が出す糞が土を肥やす。
動物、植物、昆虫などの間のバランスを辛抱強く、注意深く整えていくことで、生命のサイクルが回り始め、共生のリズムが生まれてくる。鍬(くわ)も刺さらなかったほどの荒れ果てた土地が、8年後には手で持ち上げるとほろほろと崩れる肥沃な土壌に生まれ変わった。アランの教えとして紹介される「自然は完璧だ」のコメントが、観る者に実感を持って迫ってくる。
驚いたことに、本作では農場経営の資金繰りが厳しいといったエピソードは語られなかった。日本の同種のチャレンジでは資金や人手が問題になりがちなのとは対照的だ。資金のなかったジョンとモリーの夫婦は農場開拓のプランを示して投資を募り、投資家が資金を提供した。
夫婦の理想に共感した人たちが農場を訪れ、事業に参加する。8年かけて作り上げた農場では鶏や羊、牛などを飼い、伝統的な有機農業で200種類以上の農産物を栽培。そこにアグリツーリズムと呼ばれる農業体験として多くの人が農場を訪れる。農業がビジネスとして回り始めたのだ。映画制作を生業にしてきたジョンらしい選択といえるだろう。アメリカという国の懐の深さや底力を感じさせる。
文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)
<作品データ>
『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』
監督:ジョン・チェスター
出演:ジョン・チェスター、モリー・チェスター
配給:シンカ
2018/アメリカ/英語/91分/シネスコ/原題:The Biggest Little Farm
© 2018 FarmLore Films, LLC
公式サイト:http://synca.jp/biglittle/
2020年3月14日(土)、シネスイッチ銀座、新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMA他、全国順次公開
チェスター監督インタビュー:「ビッグ・リトル・ファーム」監督が語る現代農業の「問題」とは