――合唱団のことだけでなく、さまざまなキャラクターの重層的な人間ドラマとしても感動しました。制作にあたって心掛けたことがありましたらお聞かせください。
登場人物それぞれの変化を合唱団が1つになっていく過程にリンクさせることを意識しました。では、サイドストーリーをどこまで入れるか。最初は連続ドラマが作れるくらい長い尺でした。それを映画の尺まで削ぎ落とす工程を経ているからこそ、映画では描いていなくても人物像に深みが生まれたのではないかと思っています。
キャスティングに関しては、その人を見るだけで何となく人となりが伝わってくることを大事にしました。どの方も個性をお持ちですが、サッカーが好きな方ならそれを取り入れたりもしています。そのうえで、キャラクターの個性や本質がもっと複雑であることを観客が想像できるような表現を意識しました。この作品において、キャスティングはとても大きな意味があったのです。
――歌唱力もキャスティングのポイントだったのでしょうか。
キャストに求めたのは歌唱力ではなく、むしろ人間として自然な魅力を持っていること。見たときに役者というよりも実際に存在すると感じられることが、この作品には大切でした。キャスティングディレクターには「(合唱団で独唱をする)ジェス以外は歌がうまい人にはオファーしないように」と頼みました。アマチュアな感じのパフォーマンスを映し出したかったのです。「歌が下手なのでオーディションが受けられません」という方がいましたが、「まさにそういう人がほしいから受けてほしい」と伝えました。
しかし役者は演劇学校で歌を学んでいることが多い。8割くらいはある程度歌えて、残りの2割はかなりうまいのです。誰とは言いませんが、キャストの中には「これはアマチュアだから、もう少し下手に歌ってください」と言わなくてはいけない人もいましたが、結果的に素晴らしいアンサンブルキャストになったと思います。
――劇中で合唱団がシンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」、ティアーズ・フォー・フィアーズの「シャウト」など、80年代のヒット曲を歌います。懐かしくなって思わず一緒に歌ってしまいそうになりました。選曲のポイントをお聞かせください。
この作品を制作する上で重きを置いたのが選曲でした。Spotifyには曲が無限と思えるくらいにあるので、脚本の稿を重ねるごとにがらっと変わり、ロック中心のときもありました。それで、“ある種の制限があった方が選びやすい”ということになり、指揮者であるリサのキャラクターを「かつてバンドにいた」、「担当はキーボード」などとし、そこをスタート地点にしたところ、「電子的なサウンド」、「80年代」という設定も出てきました。
シンディ・ローパー以外は英国のアーティストです。曲調が電子的なので、合唱曲としてアレンジしたときにちょっと予想もつかない雰囲気になる。それが新鮮だと思ったのも電子的なサウンドの曲を選んだ理由です。
いろんな楽曲を選びましたが、物語のテーマに沿った楽曲を選んでいます。「シャウト」は運転しているときに80年代の曲を流すラジオを聞いていたら流れてきて、ぴったりだと思って選びました。最終的に映画として1つにまとまるような形になったと思います。実際に本作のサントラでは本物の合唱団がいくつか、映画で選んだ楽曲をカバーしてくれています。
――合唱団が練習を兼ねて、基地を出て地域の街中で歌声を披露しました。その場所に向かうとき、アフガニスタン派兵の撤退を掲げる青年を映していました。これは監督の気持ちを代弁していたのでしょうか。また今の世界情勢についてどう思いますか。
基地に住んでいるご家族が街に出かけると、反戦活動をしている一般市民の方からいろいろ言われることがあるそうです。抗議活動をしていた青年は、ロケをしていた時に実際にそういう方がおられたので登場したキャラクターです。
脚本を話し合う中で、どのくらい政治的なことを入れ込むかも考えました。軍人の妻たちが結成した合唱団の物語ではあるけれど、そこには普遍性もある。人が集まって1つになることにはものすごい力があり、誰でもこの立場になれると伝えたい。しかし、政治的になりすぎてしまうとその普遍性が隠れてしまうので、そこまで描かないという判断をしました。
ウクライナで現実に起きていることを思うときにこの作品をご覧いただくと、戦争は前線で関わっている人だけに影響を及ぼすのではなく、遠く離れている家族や友人にも影響があることを改めて実感してもらえるのではないかと思います。
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