善悪、虚実の二面性をあぶりだす『英雄の証明』

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©2021 Memento Production - Asghar Farhadi Production - ARTE France Cinema

『別離』(2011年)、『セールスマン』(2013年)でアカデミー賞外国語映画賞を2度にわたり受賞したイランの巨匠、アスガー・ファルハディ監督の最新作である『英雄の証明』が4月1日から全国で公開される。

第74回カンヌ国際映画賞でグランプリに輝いた本作は、ささやかな善行をきっかけに市井の人から一躍“英雄に祭り上げられた男をめぐるサスペンス劇である。彼の行いを褒め称える者、利用しようとする者、疑惑の眼差しを向ける者たちの思惑が絡み合い、人間の倫理観を問う意欲作。同監督はメディアやSNSの影響力に着目し、英雄としてもてはやされたのちに一転して詐欺師と貶められるラヒムの振れ幅の大きな運命を通して、デジタル社会が抱える善と悪、虚と実の二面性を見事にあぶりだした。

<あらすじ>

元看板職人のラヒムは借金を返せなかった罪で投獄されている服役囚。そんな彼の婚約者が、偶然にも17枚の金貨が入ったバッグを拾う。それは将来を誓い合った恋人たちにとって、まさしく神からの贈り物のように思えた。借金を返済さえすれば、その日にでも出所できるラヒムは、金貨を元手にして訴訟を取り下げてもらおうと奔走するも、示談交渉は失敗。いつしか罪悪感を持ち始め、金貨を落とし主に返すことを決意する。

すると彼の善行はメディアに報じられ大反響を呼び、“正直者の囚人”という美談の英雄に祭り上げられていく。吃音症の幼い息子もそんな父の姿を誇らしく感じていた。

借金返済のための寄付金が殺到し、出所後の就職先も斡旋されたラヒムは、未来への希望に胸をふくらませる。ところがSNSを介して広まったある噂をきっかけに状況は一変。周囲に翻弄され、汚された名誉を挽回するためラヒムは悪意のない嘘をついてしまう……。

メディアとSNSが疑惑を広げ、悪意を増幅させる

メディアがラヒムを「英雄」ともてはやす一方で、「詐欺師」と疑いのまなざしを向ける者がいる。彼は善人なのか、それとも善人を装っているだけなのか。刑務所に収監されたのは元妻の兄(義兄)に借りた金を返済できなくなったからなのだが、そこに至る経緯や事情は映画ではほとんど語られない。

義兄はラヒムに「嘘つき」「ペテン師」と厳しい言葉を浴びせ、金を返せない弱みを抱えるラヒムはたじろぐばかり。日本のテレビドラマで多用される回想シーンなどはないので、なぜここまで激しくラヒムを非難し貶めるのかも分からない。だから本作を観る者は、誠実そうに見えるラヒムが真に善人かどうかを心のどこかで疑ってみることになる。

メディアの報道が起点となり、SNSであっという間にラヒムの疑惑が広がり、彼の周囲で次第に悪意が増幅されていく。

細かい事情を知らないし知らされていないという意味では、あやふやな情報をうのみにしてラヒムに対して悪意を募らせる映画の中の人々と、私たち本作を観る者は等しく同じであろう。そのことに、しばし慄然としてしまう。ラヒムをめぐる狂騒の中で善悪と虚実が揺れ動くさまは、まさに一級のサスペンス劇である。

最新の映画を通じてイランの社会や人々を知る楽しみも

本作が他者への悪意に満ちたストーリーかといえば、そんなことはない。近所の知り合いの家に、作りすぎた料理をおすそ分けで持っていくような温かみのあるシーンもあちこちに登場する。

イランには、昭和の時代の日本にあったような近所付き合いが、今なお残っている。一方で、イランは死刑執行の数が世界第2位の国である。イランで刑務所に入れられることの厳しさは、想像に難くない。

本作で、ラヒムの婚約者が拾った金貨で借金を返そうと提案するシーンがあるが、犯罪が厳しく罰せられるイランでは、もしかすると理解されうる行動だったのかもしれない。彼我の違いを感じる場面である。

映画に出てくるイランの人々は、自身の正当性を声高に主張する男性に比して、女性は慎ましやかで控えめ。しかし勘違いしてはいけない。イランの女性は弱い存在でもなければ、男性に隷属する存在でもない。

ラヒムの元妻の兄も、現在の婚約者の女性の兄も一様に彼女たちの前でラヒムを悪しざまにののしるが、女性たちは毅然とした態度で応じる。彼女たちが見せる芯の通った意思の強さが清々しい。これもまた本作の見どころの一つである。

最近のイラン映画では2月に公開された『白い牛のバラッド』が衝撃的な結末で話題を呼んだ。欧米はもちろん、中国や韓国、台湾といった東アジアの国とも趣が異なる、イランの社会や人々を知るには最適だろう。イラン映画に注目したい。

文:堀木 三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

<作品データ>
『英雄の証明』
監督・脚本・製作:アスガー・ファルハディ
出演:アミル・ジャディディ、モーセン・タナバンデ、サハル・ゴルデュースト、サリナ・ファルハディ
2021年/イラン・フランス/ペルシア語/2.39:1/5.1ch/127分
原題:GHAHREMAN/英題:A HERO
日本語字幕:金井厚樹
字幕監修:ショーレ・ゴルパリアン
後援:イラン・イスラム共和国大使館イラン文化センター、在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
日本配給:シンカ
©2021 Memento Production - Asghar Farhadi Production - ARTE France Cinema
4月1日(金)Bunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテにて公開
公式サイト:https://synca.jp/ahero/

英雄の証明
©2021 Memento Production - Asghar Farhadi Production - ARTE France Cinema

堀木 三紀 (ほりき・みき)

映画ライター/日本映画ペンクラブ会員

映画の楽しみ方はひとそれぞれ。ハートフルな作品で疲れた心を癒したい人がいれば、勧善懲悪モノでスカッと爽やかな気持ちになりたい人もいる。その人にあった作品を届けたい。日々、試写室に通い、ジャンルを問わず2~3本鑑賞している。(2015年は417本、2016年は429本、2017年は504本、2018年は542本の映画作品を鑑賞)


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