「理不尽」に抗う女性労働者の闘い『メイド・イン・バングラデシュ』

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©2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES

周囲の「理不尽」に抗う女性労働者の闘いの物語

バングラデシュの縫製工場で、労働者の権利保護を実現しようと労働組合の結成に奔走する女性労働者を描いた『メイド・イン・バングラデシュ』が4月16日から順次、全国で公開される。社会や家庭で男性より低い地位に置かれ、貧困にあえぎながらも、労働者の権利を学び、目標に向けて前進する一人の女性の希望と闘いを描いたヒューマン・ドラマ。周囲に流されそうなときや気分が落ち込んでいるときに観てほしい作品である。

<あらすじ>

大手アパレルブランドの工場が集まるバングラデシュの首都ダッカ。23歳のシムは衣料品工場で働いている。女性たちがせわしなくミシンを踏み続ける中、工場では男性幹部が威張り散らし、泊りがけも余儀なくされるほど環境は厳しく、給料は未払いが続いていた。家では夫が働かず、シムが働いて得たお金をあてにする毎日。

そんなある日、労働者権利団体の幹部に声をかけられたシムは、同僚たちを説得し、労働組合の結成を目指して立ち上がる。仲間たちと法律を学び、署名を集め組合結成に向け奔走するが、工場幹部からの脅しや夫や女性の同僚の反対など、さまざまな困難が待っていた…。

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縫製工場で続く現代の“女工哀史”

バングラデシュの気鋭、ルバイヤット・ホセイン監督による本作は、10代半ばからバングラデシュの労働闘争に関わってきたダリヤ・アクター・ドリの実話をもとに、3年以上のリサーチを経て完成させた。

本作が描くバングラデシュの女性労働者の環境は過酷。Tシャツの縫製に明け暮れる彼女たちの賃金は低く、支払いが滞るばかりか残業代も支払われない。納期が迫ると工場に泊りがけで働くことも強制される。深夜に仕事を終えた彼女たちに工場幹部は、明日は午後から仕事だと告げ、うだるような暑さにもかかわらず天井の扇風機を止めてしまう。日ごろは我慢強い女性たちもあまりに酷い仕打ちに声を荒げて幹部に詰め寄り、男たちはしぶしぶ扇風機の電源を入れる一幕も。女性労働者が人として扱われていないことを象徴するシーンである。

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労働組合の結成を薦められたシムは労働法を学び、仲間とともに結成に必要な署名を工場の中で密かに集め始める。しかし、失業中の夫には「俺が働くから工場の仕事を辞めろ」と脅され、大家の中年女性に夫の無理解を訴えると「夫に捨てられたらどうするの」と逆に諫められる。シムはつぶやく。「私たち女性には結婚前も後も自由がない」と。周囲の反対に押しつぶされそうになりながら、シムはようやく集めた署名と労働組合の登録申請を持って労務省を訪れるが…。

映画のラストシーンで主人公が見せる表情が素晴らしい

1971年にパキスタンから独立してできたバングラデシュ(旧東パキスタン)は、豊富な水資源を生かした米作で知られる農業国だったが、近年は1億5千万を超える総人口に裏打ちされた潤沢な労働力と、アジア最低水準の労働コストの低廉さに注目した多国籍製造業の進出が著しい。本作で描かれる繊維産業は、経済成長を支える代表格である。

バングラデシュの縫製工場で働く労働者の80%が女性で、その平均年齢は25歳とされる。本作に、こんなシーンがある。労働者権利団体の幹部と組合結成の相談をする中で、シムは工場から支払われる月給が、自分が1日あたり1650枚も作っているTシャツの2~3枚の価格だと知らされる。唖然として言葉を失うシム。観る側は、“女工哀史”は過去のできごとではなく、いまなお続く現実であることを思い知らされる。それと同時に、自分が日ごろから愛用しているファストファッションのTシャツが「メイド・イン・バングラデシュ」かもしれないことにも思いが至り、居心地の悪さが少しずつ増してくるだろう。

労働組合の登録申請に出向いたシムは、頭の固い労務省の幹部とのやりとりで怒りを爆発させてしまう。事の顛末は本作を観てのお楽しみとして、ラストシーンでシムが見せる表情に触れておきたい。それはまるで、自分を取り巻く世界の理不尽さに抗おうとする決意表明のようである。

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夫や同僚の無理解や反対、工場幹部の不公正と不誠実…。女性というだけで我慢を強いられる数々の理不尽に抗い、立ち向かおうとする主人公の決意に満ちた表情が印象的だ。周囲に流されそうになり気分が落ち込んでいるときに、ぜひお薦めしたい作品である。

閉館する「岩波ホール」

最後に関連の話題を一つ。東京で本作を上映する「岩波ホール」は1968年の開館で、ミニシアターの草分け的な存在として知られる。その岩波ホールは2022年7月29日に閉館することが決まっており、本作は同ホールで上映される最後から2番目の作品となる。

文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

<作品データ>
『メイド・イン・バングラデシュ』
監督:ルバイヤット・ホセイン
出演:リキタ・ナンディニ・シム、ノベラ・ラフマン、パルビン・パル、ディパニタ・マーティン
2019年/フランス=バングラデシュ=デンマーク=ポルトガル/カラー/95分
配給:パンドラ
© 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES
公式サイト:http://pan-dora.co.jp/bangladesh/
2022年4月16日(土)より岩波ホールにて公開

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