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犬好きなら観てほしい!『ストレイ 犬の見た世界』

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© 2020 THIS WAS ARGOS, LLC

「犬になった気分が味わえる」不思議な体験

犬の眼に、この世界はどのように映っているのだろう。トルコのイスタンブールで半年にわたりストレイドッグ(野良犬)の暮らしを追いかけたドキュメンタリー映画が3月18日から公開される。

犬と人とのかかわりを描いたドラマ性のある作品とはまったく異なり、本作は街中をうろつき、駆け回る犬たちが主人公。ナレーションはいっさいなしで、街の騒音や人の声はあたかも犬が聞いた音として扱われる。スクリーンに映る犬を見ている自分もまた犬になった気分になる、風変わりな作品である。

あらすじ

殺処分ゼロの国トルコ・イスタンブールの街で暮らす無数の野良犬たち。まるで風景に溶け込むように、人間と共存している。自立心が強くいつも単独行動の犬ゼイティン。フレンドリーで人懐っこく、街ゆく人たちに 挨拶を欠かさない犬ナザール。そしてシリア難民の心の拠り所になっている愛らしい表情の子犬カルタル…。

彼らの視点で街を見渡せば、人間社会が持つ様々な問題と愛に満ちた世界が同時に見えてくる。本作はほぼ全編にわたって犬の目線と同じローアングルで撮影され、街の風景も新鮮な驚きとなって映し出される。地上を視覚的、聴覚的に再構成し、高性能カメラが半年間追いかけた先の知られざる世界とは――。

© 2020 THIS WAS ARGOS, LLC

自然体で街に存在する野良犬たち

ゼレティンは雌の大型犬。立派な体躯に意思が強そうな風貌で、落ち着いた雰囲気を醸しだしている。ゼレティンは街のあちこちを回遊する。単独行動を好み、海辺の砂浜から人通りの多い街中まで、街をくまなく歩きまわり、夜は路上や廃墟で眠る。「野良犬」の言葉から連想するみすぼらしさは、微塵も感じない。

交通量の多い道路を悠然と横切り、車のほうが気を利かせて速度を落とす。時には人間との触れ合いもある。焚火で暖をとる男たちのそばで寝そべるゼレティンは、あたかも彼らの会話に耳をそばだてているようだ。

人間たちが野良犬の存在を自然に受け入れている様子が画面から伝わってくる。本作に登場する犬たちがみな、ゼレティンと同じように自然体で街の風景に溶け込んでいるのに驚かされる。

こんなシーンもあった。夕方の街中で交尾を始めた犬がいて、それを見た年配の女性が「恥を知れ」と大声で叱責した。野良犬を叱る言葉として「恥を知れ」と言うのは興味深い。イスタンブールで野良犬は駆逐や排除の対象ではなく、共に暮らす存在なのだということを実感した場面であった。

© 2020 THIS WAS ARGOS, LLC

戦争やネグレクトー社会のひび割れを目にする

イスタンブールが野良犬と共生する街になった背景は100年以上も昔にさかのぼる。トルコは20世紀初頭にあった大規模な野犬駆除という悲しい歴史への反省から、安楽死や野良犬の捕獲が違法とされている国のひとつ。動物愛護に関する国民の意識も非常に高い。

2017年にトルコを旅した自身も愛犬家のエリザベス・ロー監督は、本作の主人公となるゼイティンとイスタンブールで偶然に出会い、彼女の「強い意志を持つ雰囲気に惹かれ、追いかけた」と言う。

ロ―監督はゼイティンとの出会いを、こう振り返っている。

「ゼイティンはすぐに別の野良犬、ナザールと合流しました。見たところ彼女らは、トルコで難民として路上生活をしているシリア出身のジャミル、ハリル、アリという3人の少年たちの後をついて回っているようでした。
私は彼らが建設現場や静かな歩道に身を寄せている様子を何カ月も追いかけました。過酷な状況にもかかわらず、犬と少年たちはいっときの家族を形成していました。
彼らの相互依存の絆から発せられる暖かさと愛に、私は深く感動しました。犬という仲間がいなければ、シリアの少年たちは自分たちの国ではない街で、まるで漂流しているかのように感じたことでしょう。それはきっとゼイティンやナザールにとっても同じだったのだと思います。
目立たない野良犬であるゼイティンの導きによって、私は人間社会のひび割れを目にすることになりました。戦争やネグレクトといった試練の中で形成された人々のコミュニティと、たとえ社会の片すみに追放されても生き延びようとし続ける人たちの姿です」

野良犬たちに半年間も密着し、低い姿勢を保ちながらローアングルのカメラで追い続けたロ―監督の作品のおかげで、私たちは人と犬が共生・共存する社会のあり様を目の当たりにすることができた。犬目線で地上の世界を見るという不思議な体験である。

映画の魅力の一つが非日常の提示だとすれば、本作はまさに映画らしい作品であろう。野良犬を徹底的に追いかけるというロ―監督の着想と努力に拍手を贈りたい。

最後に。人の声と犬の鳴き声がシンクロするラストシーンは、互いの関係を示唆してとても印象深い。ぜひ、映画館で確かめてほしい。

文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

<作品データ>
『ストレイ 犬が見た世界』
原題:STRAY
監督:エリザベス・ロー
出演:ゼイティン、ナザール、カルタル(犬たち)ほか
2020年/アメリカ / トルコ語・英語 / 72分 / ビスタ / カラー / PG-12
日本語字幕:岩辺いずみ
配給:トランスフォーマー
© 2020 THIS WAS ARGOS, LLC
2022月3月18日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
公式サイト:https://transformer.co.jp/m/stray/

ストレイ 犬が見た世界
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