ノボチェルカスク虐殺事件を映像化『親愛なる同志たちへ』

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 ©Produced by Production Center of Andrei Konchalovsky and Andrei Konchalovsky Foundation for support of cinema, scenic and visual arts commissioned by VGTRK, 2020

国家による虐殺事件の真実に迫る『親愛なる同志たちへ』

1962年6月、ソビエト連邦(ソ連)南西部のノボチェルカッスクで虐殺事件が起こった。しかし、この事実はソ連崩壊後の1992年までの30年間、国家に隠蔽されてきたという。この衝撃的な歴史の真実に迫ったのがロシアの巨匠アンドレイ・コンチャロフスキー監督の『親愛なる同志たちへ』である。

第77回ヴェネチア国際映画祭(2020年)で審査員特別賞を受賞した話題作がようやく日本で公開を迎えた。主人公のリューダを演じたのは監督の妻でもあるユリア・ビソツカヤ。監督作品の中心的存在で、『パラダイス』(2016年)でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞している。

<あらすじ>

フルシチョフ政権下のソ連で1950年代後半から1960年代前半に導入された経済・貨幣改革によって、物価上昇と食料不足が国中に蔓延していた。

ノボチェルカッスクの共産党市政委員会のメンバーであるリューダは、国中が貧しい中でも党の特権を使いながら贅沢品を手に入れるなど、父と娘の3人で穏やかな生活を送っていた。そんな中、1962年6月1日、ノボチェルカッスクの機関車工場で大規模なストライキが勃発する。生活の困窮にあえぐ労働者たちが、物価の高騰や給与カットに抗議の意思を表したのだ。

©Produced by Production Center of Andrei Konchalovsky and Andrei Konchalovsky Foundation for support of cinema, scenic and visual arts commissioned by VGTRK, 2020

この問題を重大視したモスクワの政府は、スト鎮静化と情報遮断のために高官を現地に派遣した。そして翌2日、街の中心部に集まった約5000人のデモ隊や市民を狙った無差別銃撃事件が発生。リューダは愛娘スヴェッカの身を案じ、凄まじい群衆パニックが巻き起こった広場を駆けずり回る。

スヴェッカはどこにいるのか、すでに銃撃の犠牲者となって“処分”されてしまったのか。長らく忠誠を誓ってきた共産党への疑念に揺れるリューダが、必死の捜索の果てにたどり着いた真実とは……。

社会の息苦しさや閉塞感をモノクロで表現

本作は全編モノクロで描かれ、当時の庶民の生活の息苦しさや閉塞感を巧みに表現している。

1953年にスターリンが亡くなると、フルシチョフはソ連共産党中央委員会の第一書記に就任。1956年の第20回党大会でスターリン批判を行い、国内外に大きな衝撃を与えた。1959年にはアメリカを訪問し、アイゼンハワー大統領と会談。米ソ共存路線を推進し、冷戦下の世界に一時的な「雪どけ」をもたらしたとされる。しかし、ハンガリー動乱への武力介入などもあり、国内の経済は悪化し、生活必需品は不足した。

食料品店に詰めかける庶民で、ごった返す店内。品不足で値段が上がり、生活必需品も買えない。しかし、共産党地方本部で委員を務めるリューダは店の奥に通されて食料品からたばこ、酒と言った嗜好品を融通される。

食糧難を懸念する女店主に対し、リューダは共産主義のソビエトが飢えるなんてあり得ないと突っぱねる。政府の高官を前にしても、デモの参加者は厳しく処罰すべきと提言する。国家への信頼と奉仕の意欲にあふれる彼女が、思いがけず虐殺の現場に居合わせてしまう。党地方本部に押し寄せた人々が次々に銃で撃たれ、血を流し、倒れていく。

娘を探し回りながら惨劇を目の当たりにするうちに、リューダの中で何かが壊れ始めていた。

©Produced by Production Center of Andrei Konchalovsky and Andrei Konchalovsky Foundation for support of cinema, scenic and visual arts commissioned by VGTRK, 2020

「国家と個人」「母と娘」を縦横の軸にストーリー展開

本作のストーリーは、横軸に「国家と個人」、縦軸に「母と娘」を置いて展開。後者では、母と娘の葛藤が描かれる。

リューダは第二次世界大戦で看護師として従軍し、その論功も手伝ってノボチェルカッスクの共産党幹部の地位を得た。戦争に勝利して強い社会主義国家を創ったスターリンを信奉している。一方、娘のスヴェッカはスターリンを批判して権力を掌握したフルシチョフの考えを受け入れている。

「昔は誰を信じればよいのか明らかだったのに」。娘と考えが合わず、思い悩むリューダのつぶやきが印象的だ。母と娘の言い争いは、娘がデモ隊に参加することで一気に緊張感を増してくる。

娘を探しながら、遺体安置所や病院にまで潜り込む。KGBの将校から多数の遺体が隣町に土葬されたという情報に辿り着き、放心状態になるリューダだったが…。

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「何を信じればよいのか」

本作のラストで思いもよらない結末が待っているのだが、そこでリューダが発する言葉が極めて示唆的であり、観る側はあらためて「国家と個人」の問題に引き戻される。

本作で描かれる国家の非道なふるまいは、ロシアのウクライナ侵攻を想起させる。国家による情報統制とプロパガンダが当然視される国においても「何を信じればよいのか」と惑う人々がいる。

日本に住む私たちがどれだけの想像力と共感力をもって観られるかが試される、奥の深い映画である。

<ソ連の血の日曜日ーノボチェルカスク虐殺事件とは>

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1962年6月1日、給与カットに対する労働者の不満が高まり、ロシア南西部の町ノボチェルカッスクの国営機関車工場で大規模なストライキが発生。群衆は5000人を超え、鉄道を封鎖し、現地の共産党幹部が集結する工場の管理棟を占拠するなど暴徒化した。翌6月2日、戦車とともにソ連軍がノボチェルカッスクに入り、群衆を暴力的に鎮圧。KGBのデータによると死者26人(非公式では約100人)、負傷者数十人、処刑者7人、投獄者数百人に達した。この事件はソ連が崩壊するまで約30年間隠蔽されていた(以上、公式サイトより)。

事件の舞台となった工場は現存し、電気機関車やディーゼル機関車などを生産している。

文:堀木三紀/監修:M&A Online編集部

<作品データ>
『親愛なる同志たちへ』
監督:アンドレイ・コンチャロフスキー
出演:ユリア・ビソツカヤ、ウラジスラフ・コマロフ、アンドレイ・グセフ
配給:アルバトロス・フィルム
©Produced by Production Center of Andrei Konchalovsky and Andrei Konchalovsky Foundation for support of cinema, scenic and visual arts commissioned by VGTRK, 2020
公式サイト:https://shinai-doshi.com/
2022年4月8日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開

親愛なる同士たちへ(公式サイト)
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