米ドーナツ店経営でカンボジア系が多い理由『ドーナツキング』監督インタビュー

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“ドーナツキング”と呼ばれる男「テッド・ノイ」

アメリカ映画を見ていると、警察官がドーナツを食べているシーンがよく出てくる。それを裏打ちするかのように、アメリカには2万5000店以上のドーナツ店があり、そのうちの約5000店舗がカリフォルニア州にある。さらにその90%以上はカンボジア系アメリカ人が営んでいるという。

「なぜ、カンボジアなのか」という疑問をきっかけに映画『ドーナツキング』を撮ったアリス・グー監督にお話をうかがった。

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<STORY>

1975年、カンボジア内戦から逃れ難民となり、妻と子と共に米・カリフォルニア州に渡ったテッド・ノイ。ある日テッドは、勤務するガソリンスタンドの向かいにあるドーナツ店から漂う甘い香りに惹かれ、ドーナツを買って食べてみた。一口でドーナツに夢中になった彼は、ドーナツチェーン・ウィンチェルで修業し、自分の店を構える。

家族総出で休まず働くなか、店は妻クリスティの気さくな接客が評判を呼び、すぐに繁盛した。テッドは、自分の店で同胞のカンボジア難民たちを雇い、彼らにドーナツ製造のノウハウを教え、自活の手助けをした。

系列店は拡大し、総資産2,000万ドル(日本円で約22億円)もの莫大なお金を手にした彼を、皆が”ドーナツ王”と呼んだ。成功を手にしたテッドだが、小さな躓きから人生が思わぬ方向へと転換する・・・。

|アリス・グー監督インタビュー|

なぜアジア人なのか、なぜカンボジア人なのか

――監督はなぜテッド・ノイのことを映画にしようと思ったのでしょうか。

私はロサンゼルスで生まれ育ちました。幼いころからどの通りにもドーナツ店があり、いつもアジアの方がカウンターにいたのです。しかし、なぜアジア人なのか、彼らはどうやってそこに辿り着いたのか。考えたことがありませんでした。

息子が生まれ、その子のために雇ったベビーシッターと話していて、カンボジア・ドーナツについて知ったのです。興味深い話だと思い、検索していくつもの記事を読みました。そこでテッドのことに行き着き、彼の人生はシェイクスピアが書いた戯曲のように波瀾万丈なので映画にしたら面白いと思ったのです。

カンボジア・ドーナツのことを知ったとき息子は1歳でしたが、2カ月後にはカンボジアに行きました。カンボジアでの撮影は1週間くらいの短期間でしたから、子どもを家族に任せることができたのです。あとはロスアンゼルスで撮影し、先程のベビーシッターに預かってもらいました。

リドリー・スコットが製作総指揮に

――映画を撮るとなるとお金が掛かります。資金はすぐに調達できましたか。

簡単には集まりませんでした。個人で出資してくださる方を何人か知っていたので“何とかなるのではないか”と思っていたのですが、うまくいかなかったのです。

ただ、当時テッドはすでに79歳。資金を調達するまで3年も4年も待っていたら、どんどん年齢を重ねていってしまう。これはとても待っていられない。とりあえず必要なお金は自分で出し、カメラはアーノルド&リヒターというドイツの映画用機材メーカーからお借りして、自分で撮影をするシンプルなスタイルで始めました。

編集も順調に進み、いい作品になってきたのですが、編集にもお金が掛かります。さすがに全部自分で出すのは難しい。プロデューサーのホセとこのまま続けるかどうかの相談をしていたときに救世主のような出資者が現れて、完成させることができました。

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――出資者を募る際、この作品をどのようにアピールされたのでしょうか。

テッドがロサンゼルスでドーナツ店を軌道に乗せるまで、いかに苦労されてきたかをお話しするとみなさん、興味を示してくれるのです。

また今回、初期の段階からフリーダ・リー・モックがプロデューサーで入っています。彼女は1994年にアカデミー賞を受賞しているので、信頼のバックボーンとなりました。その上である程度、編集したものを映像として見せて、出資をお願いしたのです。

――製作総指揮としてリドリー・スコットが名前を連ねていますが、リドリー・スコットが参加することになったのはどういういきさつからでしょうか。

サウス・バイ・サウスウエスト映画祭での上映を見て、リドリー・スコットの制作会社スコット・フリー・プロダクションズのバイスプレジデントとビジネスアフェアのリーダーが参加したいと言ってくれたのです。その段階では制作会社の名前は付けるものの、リドリーの名前は出さないという話でした。

ところが後日、ホセから連絡があり、プロデューサー枠を2つほど持っているスコット・フリー・プロダクションズがもう1枠、リドリーの分もほしいと言ってきていると言われたのです。信じられないと思いました。

ホセによるとリドリーはこの作品をとても気に入り、この作品の話ばかりしていたそうです。スコット・フリー・プロダクションズの先付けはいくつかありますが、そのうちのリドリーだけのバージョンを使うよう、指定がありました。

――リドリー・スコットが加わったことで、どんなメリットがありましたか。

リドリーの名前がついたことで注目度が上がりました。デビュー作のポスターに自分の名前だけでなく、リドリーの名前があるなんて夢のようです。スコット・フリー・プロダクションズが関わったことで、テッドの話をフィクションとして映画にする企画も進行中です。

世代交代期でも家業は継がせない

――カンボジア系の個人経営のドーナツ店が大手チェーン店に負けなかった理由は家族で働き、人件費を抑えたからとのこと。多くの店が世代交代の時期に入っているようですが、今も同じ経営方針なのでしょうか。

親世代が頑張ったのは、子どもにきちんとした教育を受けさせたいと思っていたから。その結果、「子どもはアップルで仕事をしている」といった感じで家業を引き継がない家庭が多いようです。

親世代にはアメリカンドリームだったわけですが、今の現実では彼らのシンプルなドーナツ店経営の仕方はオールドモデルになってきています。アメリカの食に対するテイストの趣向が変わってきていますし、競合相手に負けないためにはいろいろなことが求められます。例えば、SNSを駆使する、ブランディングを新しくする、多種多様な味を出すといったことです。

また、経済状況的にも厳しいのだそうです。作品の中でテッドが2軒目に訪れたドーナツ店は家賃が2倍になったばかりだとぼやいていましたが、その後、閉店してしまいました。

――作品に出てきたお店は子どもたちが手伝っていましたが、全体的に見れば例外なのでしょうか。

例外になりますね。親が店を売却しようとしたときに、「家業を売りたくない」と店を継いだ息子さんがいました。ただ1日10時間、立ったままの仕事ですし、小麦粉などは意外に重い。それを考えたときに、違う仕事をしたいと考えるお子さんは多いと思います。

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――子どもが家業を引き継がなかった場合は店を閉めてしまうのでしょうか。第三者が買い取って、引き継いでいる場合もあるのでしょうか。

ドーナツが今、また盛り上がっています。映画に出てきたDK'sドーナツはモダン化され始めていたので、若いカップルが買い取って続けています。60代、70代の方が経営しているお店はそのまま閉店することが多いようです。

リスクを厭わず、商売魂を持ち続けることが大切

――テッドは同胞のカンボジア難民の身元引受人になり、彼らにドーナツ製造のノウハウや教えて、各自が店を持って自活できるよう手助けをし、ビジネスを通じて社会に貢献したことで自身も成功を収めました。彼のビジネススタイルをどう思いますか。

テッドにはリスクを恐れないところがあります。それは生まれつきのものでしょう。80代になってもそれは変わりません。

彼は貧しいの家庭に生まれ育ち、そこから絶対に抜け出すんだと決めていました。もともとすごく切れる方だし、頭も回る。語学が堪能で、母国語だけでなく英語、フランス語、中国語を話すことができたので、プノンペンではガイドとして仕事をしていたこともあったそうです。

アメリカに来てからもガソリンスタンドで仕事をしながら向かい側にあるドーナツ店を見ていて、いつも混んでいることから勝機を見出しました。独学で学び、リスクを厭わず、商売魂を持ち続けるところがテッドのビジネスパーソナリティではないかと思います。

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インタビューを終えて

商才のある人間は目の付け所が違う。難民だったテッドがいかにしてドーナツキングまで上り詰めていくのか。カメラはテッドだけでなく、家族や同胞の人々、ジャーナリストや歴史家、カンボジア難民の受け入れを担当した米海兵隊の退役軍人にも向けられ、紐解いていく。

大手ドーナツチェーン店さえ撤退させたテッドのビジネス戦略は、東海岸ほど公共交通機関が発達しなかったカリフォルニアの交通事情にも話が及ぶ。さらに世代交代が進むドーナツ店の奮闘ぶりや現在のドーナツ事情までをカラフルに見せていく。

本作はサウス・バイ・サウスウエスト映画祭で大絶賛され、審査員特別賞を受賞。製作総指揮を務めたリドリー・スコットは「この時代に重要な意味を持つ映画。困難を乗り越え、成功を収めた人について多くのことを学べる美しい多層的な作品」とコメントしている。

取材・文:堀木 三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

アリス・グー(監督/撮影監督/脚本)

アリス・グー(監督/撮影監督/脚本)
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ロサンゼルス出身。ヴェルナー・ヘルツォーク、ステイシー・ペラルタ、ロリー・ケネディらの作品で撮影監督としての経験を積む。
アカデミー賞ノミネート経験のあるロリー・ケネディが監督を務めたドキュメンタリー『テイク・エブリィ・ウェーブ』(17)に、撮影スタッフとして参加。彼女のデビュー作である本作は、2020 年のサウス・バイ・サウスウエスト映画祭の長編ドキュメンタリー部門の公式上映作品に選出され、審査員特別賞を受賞した。
次回作は、内部告発者に関するドキュメンタリーで、現在制作中。

<作品データ>
タイトル:『ドーナツキング』
監督:アリス・グー
製作総指揮:リドリー・スコット
出演:テッド・ノイ、クリスティ、チェト・ノイ、サヴィ・ノイ、メイリー・タオほか
配給:ツイン
2020年/アメリカ/ビスタ/カラー/99分
2021年11月12日(金)新宿武蔵野館他全国順次公開
公式サイト:http://donutking-japan.com/

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堀木 三紀 (ほりき・みき)

映画ライター/日本映画ペンクラブ会員

映画の楽しみ方はひとそれぞれ。ハートフルな作品で疲れた心を癒したい人がいれば、勧善懲悪モノでスカッと爽やかな気持ちになりたい人もいる。その人にあった作品を届けたい。日々、試写室に通い、ジャンルを問わず2~3本鑑賞している。(2015年は417本、2016年は429本、2017年は504本、2018年は542本の映画作品を鑑賞)


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