全国で高級レストランやラグジュアリーホテルを運営するひらまつ<2764>が、創業者で現在は経営権を失っている平松博利氏との決別に苦心しています。10月5日に平松氏は自身が経営するひらまつ総合研究所(東京都港区)の業務委託報酬など12億4,500万円の支払いを求めて訴状を送達しました。PEファンドのアドバンテッジパートナーズ(同)の後ろ盾を得て経営改革に乗り出したひらまつは、これに徹底抗戦。外部調査委員会を設けて平松氏と会社の関係を微細に検証したのです。

調査報告書からは、創業者に逆らうことのできない元部下たちを巧みに操り、平松氏が経営から退いた後も思うままに会社を操る姿が浮かび上がります。ひらまつ総合研究所が資金繰りに窮することのないよう取り計らわれる、会社の持ち物である高級外車ベントレーや箱根・札幌・金沢のマンションを私物化するなど、驚くべき実態が明らかになりました。

この記事はひらまつの「外部調査委員会の調査報告書公表に関するお知らせ」を基にしています。

赤字が出ない特殊なスキームが組まれた京都の2物件

高台寺十牛庵
京都のレストラン「高台寺 十牛庵」(画像は2018年3月期中間決算説明資料より)

平松博利氏は強烈なカリスマ性を持つ経営者です。高校卒業後にホテルオークラのフレンチレストランで働き、料理の腕を磨きながら経営学を学びました。パリのレストランで修業し、1982年に「ひらまつ亭」を開店。2001年にはパリに出店し、4か月後には日本人オーナーシェフとして初めてミシュランの一つ星を獲得しています。

20世紀最高の料理人と言われたポール・ボキューズ氏と提携して、2007年から日本にその名を冠するレストランをオープンしました。2004年に東証2部上場、2010年に1部へと指定替えになっています。フランス料理のオーナーシェフが上場企業の経営者になった極めて稀なケースです。

平松氏は2016年3月に代表取締役を退いて代表権のない会長となりました。その際、功労金として5億円が会社から支払われています。2019年に完全に引退していますが、現在も10%超の株式を保有する主要株主です。

2016年に社長に就任したのが陣内孝也氏でした。陣内氏は1987年に「ひらまつ亭」で仕事をはじめ、支配人から取締役へと上り詰めた現場たたき上げの人物。陣内氏は平松氏に多大なる恩義を感じており、強い意見を言えるような立場にはなかったものと考えられます。平松氏が引退後も会社を支配できた背景には、師匠と弟子に似た創業者と経営者の繊細な関係が潜んでいます。なお、陣内氏はひらまつがアドバンテッジと提携した後の2020年6月に執行役員へと降格しました。現在の代表取締役はクイーンズ伊勢丹などの再建に取り組んだ、遠藤久氏が就任しています。遠藤氏はアドバンテッジが送り込んだプロ経営者です。

平松氏は代表を退いた後の2016年7月にひらまつ総合研究所を設立。これをきっかけとして、ひらまつから利益を享受する姿勢が加速するようになります。それが顕著にあらわれたのが、2019年1月にひらまつ総合研究所に譲渡した京都のレストラン2店舗です。この2店舗は赤字が続いており、ひらまつ総合研究所に簿価で譲渡できたことから、減損処理を回避できるなどのメリットがありました。

売却額は12億円。金利手数料0.5%、毎月1,212万円を支払うという内容で合意しました。しかし、平松氏から驚くべき言葉が飛び出します。赤字のレストランを譲受したひらまつ総合研究所が資金繰りに窮することのないよう、取り計らってほしいというのです。すなわち、京都2店舗の譲渡代金やレストランの赤字分を補填するスキームを組んでほしいという要請でした。逆らうことのできないひらまつの経営陣は、ホテル開業に関わるひらまつ総合研究所へのコンサルティング報酬をホテルの総工費の16%、更に総合監修業務として総工費の5%を支払うという苦肉の策を提案しています。ちなみに、この提案はひらまつ総合研究所の資金繰りについて何度もシミュレーションを重ね、その作業は深夜にまで及ぶ血のにじむようなものだったといいます。

驚くことに平松氏はそれでは足りないと不服を示し、譲渡代金を2億8,000万円減額することも追加で要請しました。経営陣はこれに応じています。