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電気三輪自動車を開発した元レーサーのベンチャー・スピリット 日本エレクトライク(下)

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「東大のラリーチームのスポンサーになって、ラリー・モンテカルロで優勝したい」という松波さん。

海外市場に活路を見出す

日本エレクトライクを設立し三輪電気自動車の取り組みを始めて10年が経つ。苦戦が続き今なお赤字経営だが、松波さんはあまり気にしていない。リアヴューモニターもなかなか売れず、12年間赤字が続いた。

今後は人件費の高い日本で生産するのは断念し、海外にシフトする。「日本で設計して海外で作るという方針に変えて、いま一生懸命やっているところです。電気自動車はすごい追い風が吹き始めた。中国かインドで作って、その土地で走らせる。自動車の地産地消を目指す」と意欲満々。

現在の価格は160万円でそれほど高くはないが、海外での量産効果によってさらに価格を引き下げる。

「日本で100万円以下の価格にして、なおかつ1回の充電で100キロ以上走れるものにする」のが目標。2年後の東京五輪までに、海外での量産化をスタートさせる予定。

海外の需要動向を見てもわかるように、今後はマーケットが急速に拡大するものと松波さんは見ている。

ある大手宅配業者が導入を検討し、エレクトライクを出品した展示会で、大手宅配業者の社長が「2030年までに、当社の運送に関わる車両は全部電気自動車に切り替える」と宣言したという。

「価格を安くすれば、爆発的に売れると思います」と松波さんは顔を輝かせる。子どもの頃からの夢だった三輪電気自動車は還暦で実現。古稀の挑戦は原点回帰だ。

「電気自動車で利益が出たら、東大のラリーチームのスポンサーになって、ラリーモンテカルロ・ヒストリックでチーム優勝を目指したいと思っています。そんなことを先生たちと話してます」と松波さん。

いくつになっても夢を追い続けるベンチャー・スピリットは健在だ。(おわり)

文:大宮 知信

大宮 知信 (おおみや・とものぶ)

1948年 茨城県生まれ。ジャーナリスト。政治、教育、社会問題など幅広い分野で取材、執筆活動をつづける。主著に『ひとりビジネス』『スキャンダル戦後美術史』(以上、平凡社新書)、『さよなら、東大』(文藝春秋)、『デカセーギ─漂流する日系ブラジル人』『お騒がせ贋作事件簿』(以上、草思社)、『「金の卵」転職流浪記』(ポプラ社)などがある。 


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2018/05/08

松波さんが設立した日本エレクトライクは、日本で16番目の自動車メーカー。エレクト(電気)とライク(三輪車)を合わせた社名が示すように、商品はEVのオート三輪車。家庭用100ボルト電源で充電可能で、1回の充電で約60キロ走行する。