高齢社会に突入した日本では、長寿命化と並行して認知症の方も増加することが懸念されます。M&Aにおいて大株主が認知症になってしまうと、株式の売買に支障が出たり議決権が行使できなったりします。会社の経営者が認知症になると、株主総会が開けなくなり、株主総会決議が必要な重要な決定はできなくなるケースもあります。

このように高齢化した日本では、M&Aを行う際に認知症に対する正しい対処をしておかないと思わぬ落とし穴にはまってしまう危険があるのです。今後の高齢社会におけるM&Aの心得について、相続・成年後見関係の手続きを数多く手掛ける弁護士・西浦 善彦氏に話を聞きました。

契約の落とし穴「無効」と「取り消し」

多数の当事者間における株式売買契約ですが、一部の当事者間の無効、取消事由が別の当事者らに大きな影響を与えることがあります。

<Case3>認知症の母親の財産管理をしている長男が株式を勝手に売却。買い手は母親が認知症であることを知らなかった。

ー成立した取引が取り消される場合と無効になる場合はどう違うのでしょうか。

■「取り消し」とは法律行為の効力が一応は認められるため取り消しの意思表示をするまでは有効ですが、取り消されると当初に遡って効力が否定されます。例えば、本来やった行為自体を本人がわかっていない場合でも、場合によっては本人にとって有益な場合もあります。しかし、成年後見人がついて、その行為は母親にとってマイナスであるとして取消しの意思表示を相手方にした場合、法律効果の効力が否定されます。

 一方「無効」とは、法律行為の効力が当初から否定されるもので、訴訟においては契約自体がもともと有効ではないことを確認することになります。取消しとは異なり誰でも無効の主張はでき、期間制限は無いため、契約から何年たっても無効を主張することができます。

 行為能力があるというのは一般の我々のような状況で、意思能力の有無は自分の行為を理解し責任を持てる能力が現実にあるかないかで判断します。意思能力無しとして成年後見人の裁判所決定を受けた方は、決定以降は行為能力がなくなり、このとき単独で行った行為は“取り消しうる行為”ということになります。「無効」にしても「取り消し」にしてもリスクのあることなので成年後見人をたてるべきですが、それまでは法律行為の効力があるのか否定されるのかあやふやな状態が続くので注意が必要です。

株式の所有者が成年後見人をたてずに株式を売却した場合、「所有者は認知症だった」と後から知って無効を主張できるのはどのような人でしょうか。

■無効は相続人に限らず、誰でも主張することができます。“あの時おばあさんは実際全く判断能力がなかった”と主張するのは誰でもできるのです。ただし、無効であると裁判をするためには訴えの利益があることが必要で、近所の友達が、同情を理由に裁判を提起することはできません。

基本的には、認知症の場合は意思能力がない場合があり得ると考えられますが、意思能力がなく無効であることについて、訴えの利益がある人は裁判で主張できるということになります。株式売買などによるM&Aの場合、無効を主張できるのは基本的には買主側です。全く利害のない人は主張できません。

認知症の場合、無効原因はどのように立証できるのでしょうか。

■ 介護施設に入っているなら、施設のケアマネージャーさんのお話や、担当者が日々の日報を細かくメモしていて、妄言や異常な行動も記録していることが多いのでこれらを確認することになります。

 ただ、自宅療養で記録がない場合の立証はなかなか難しいと思います。通常、段階を経てだんだんと悪くなっていくわけですから、現在認知症だとしても当時の状況はわかりません。当時の状況の立証となるとなかなか難しく、当時の医師の診断書やカルテ等で当時の精神状態を示す必要があります。

訴えの利益があるのはどのような立場の当事者でしょうか。

■Case3の場合、Yへの株式譲渡契約後に認知症の母親Aの成年後見人が就いていたとしても、母親Aは、Yへの株式譲渡契約時には既に意思能力がない状態であり、取引は本人の意思で行われたのではないと立証できるのであれば、契約時点まで遡って契約は無効となります。

(訴えの利益あり
・【次男C】母親が認知症であったことを立証することで無効の主張は可能です。母親の財産保存のために本来よりも安い価格で株式を売るつもりはなかったと無効を主張できます。
・【買主Y社】突然無効だといわれるような不安定な取引は一からやり直したいと、無効を主張することは可能です。

(訴えの利益なし
・【買主Z社】買いたかったというだけでは正統性を主張する根拠がないため、通常訴えの利益はありません。Aが、Z社にも二重譲渡していた場合、Z社が、Y社に対してAとYの取引は無効でZ社が株式を取得しているのだとして、Zが株主の地位確認の訴えを提起することは可能です。(次回に続く)

 <ワンポイント Lesson 3>「意思能力」と「行為能力」
認知症でも初期の斑状態では、物事の理解が困難な時と普通に元気な時がある。
「意思能力」がない状態とは、今自分がやっている行為が全く理解できていない状態のこと。
自分のやっていることを理解できる状態を基準として、それを下回っているときは意思能力無しとみなされるため、その時の行為や取引は“無効”となる。
「行為能力」が欠如している状態とは、自分で責任を持って行為を行うことができない状態。
成年後見人を就けている方は基本的には行為能力がない行為無能力者とみなされるためその時の行為は“取り消し”の対象になる。

[お話]弁護士 西浦 善彦氏 [取材・編集]M&A Online編集部

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