高齢社会に突入した日本では、長寿命化と並行して認知症の方も増加することが懸念されます。M&Aにおいて大株主が認知症になってしまうと、株式の売買に支障が出たり議決権が行使できなったりします。

会社の経営者が認知症になると、株主総会が開けなくなり、株主総会決議が必要な重要な決定はできなくなるケースもあります。このように高齢化した日本では、M&Aを行う際に認知症に対する正しい対処をしておかないと思わぬ落とし穴にはまってしまう危険があるのです。

今後の高齢社会におけるM&Aの心得について、相続・成年後見関係の手続きを数多く手掛ける弁護士・西浦 善彦氏に話を聞きました。

認知症になっても財産や権利を法律により守る

大株主が認知症になると、会社にふさわしくない者が株主として経営に口を出してくる可能性があります。いざというときに、大切な財産や会社経営を守れるよう、事前の準備が大切です。

<Case1>・母親が認知症。創業者である父親が亡くなり株を相続した

ー認知症の大株主の持っている株式をM&Aで譲渡する場合は、どうしたらいいのでしょうか?

■Case1の場合、これは目的物が株式であるというだけ売買にあたります。しかし所有者が認知症の場合、自分で判断する能力が無いと判断される場合が多いため、その売買行為、つまりM&Aそのものが無効になってしまう恐れがあります。

折角その方と取引をして株式譲渡契約を結んだとしても、それは無効となり、取引したはずの株式は実際には相手の方に残ったままということになり非常に危険です。 こういったケースでは必ず「成年後見人」の申し立てをしてください。

そして選任された成年後見人と買い主と契約を交わすことが必須です。これは持ち株比率によって変わるものではなく、対象となる株式を持っている方は全て成年後見人の申し立てをしなければならないと考えます。

成年後見人の申し立てが可能な有資格者はどのような人でしょうか。

■まず4親等以内の親族が該当します。法律上は、本人による申し立ても可能となっていますが、その時点で本人は自分で判断する能力が無いのですから裁判所に対する申し立てはできません(正確には、本人申し立ての場合、裁判所は「意思能力あり」成年後見を認めない決定をする可能性があります。)。

また、最近では市町村長が行うケースも増えています。家族がその方の財産や株式、その利益を不当に搾取している場合、当該家族は当然申し立てをしません。そういった場合、認知症の方のお世話をしている社会福祉法人のケアマネージャーやケアワーカー、担当者からその区市町村の福祉課などの機関に相談があり、区市町村長担当者が申し立てをするということがあります。

ー成年後見人の手続にかかる期間はどれ位ですか?

■成年後見人を立てるために要する日数は諸々事情によっても異なりますが、最低3ヶ月程度は必要です。利害が対立すると手続きだけで半年かかることもあります。

私も法律手続きは手掛けていますが、成年後見人が決定される前に株主が死亡すると株式は相続でバラバラになってしまい、株式譲渡等によるM&Aは不可能になることもあり、決定までの数か月はやきもきすることがあります。

ー通常のケースでは4親等以内の親族が成年後見人の申し立てをできるということですが、親族同士がもめている場合や、成年後見人の非行が問題になる場合はどうしたらいいのでしょうか。

■そのような場合、親族が申請する際に「候補者」を提出できます。まずは親族や申立人自身(仮にA氏とします)が成年後見人になる旨を提出しますが、推定相続人からの同意書がない場合には後日裁判所からA氏で良いのかと問い合わせが来ます。

A氏がもともと横領等非行の可能性がある場合や揉め事がある場合、他の推定相続人は同意しませんので、その場合専門家である弁護士や司法書士が就くことになります。

ー相続人の間で一致して後見人を決めたとしても、その後見人が自分に有利なように物事を決めていくような場合、解任はできるのでしょうか。

■そのような場合は解任というよりも、後見人を監視する「成年後見監督人」を就けることが多いですね。昨今では横領事件等を防止するため、報告書の提出が遅れるとすぐに監督人が就きますし、関係者から通知がある場合は、裁判所から成年後見監督人就任の決定があって専門家が就任します。

成年後見監督人は、後見人が財産管理を本人のためにきちんとやっているのか、私利私欲のためにやっていることはないのか、面談を行い、書類や収支をチェックすることで成年後見人を監督します。

ー親族間がとても仲が悪く、遺産相続で揉めていて成年後見人すらたてられないような状況だったらどうなるのでしょうか。

■相続人から同意を得られないことを前提に、最初から専門家の後見人を立てて欲しいと裁判所に申し立てます。その場合は、他の相続人の同意がなくとも最初から裁判所が専門家を成年後見人として指名し、通知することになります。 

しかし専門家を就けると費用がかかりますし、後見人が本人の通帳や財産を全て管理するため他の相続人が黙っていないことも良くあります。また私自身が監督人をするケースでは、4年間成年後見人をやっていても本人たちに一度も会えないというケースもありました。親族が専門家後見人を信用できないなどとして、本人への面会がなかなか出来ないわけです。

成年後見監督人を設定し、協力を仰ぎながら実態を探ることもありますが、やはり反発されるケースはあるので難しいところです。

ー認知症の程度にも色々な段階があるわけですが、初期の斑惚けの段階で成年後見人を立てるのは可能なのでしょうか。

■成年後見制度は判断能力の不十分な成人を保護し支援する制度です。認知症と診断される多くの場合は成年後見が認められると思います。しかし認知症でも初期段階の斑惚けというような状態の方で、意識がちゃんとしているときは判断能力があるような方の場合、成年後見人設定の前段階として「補助」と「保佐」の制度があります。 

本来認知症とはいえまだ判断能力のある状態で成年後見人を設定してしまうと、それはその方が亡くなるまで続きますので、その方にとってみては株式譲渡契約の問題だけで済む話ではなくなります。

逆に、一切の行為が自分でできないとなるとご家族の負担にもなりますので、M&Aだけのために考えるべきではないでしょう。制度を活用し、ご本人の状況に応じて、「補助」、「保佐」、「後見」の手続きを進めることで、柔軟に実効性のある保護が可能になります。(次回に続く)

<ワンポイント Lesson 1>「法定後見制度(『補助』『保佐』『後見』)」
『法定後見制度』
高齢者など判断能力が不十分な人がいる場合、近親者などが医師の診断を前提に裁判所に申立をすることにより、裁判所が本人の判断能力が不十分であることを確認した上で、保護者を選任するという手続き。
保護の程度の軽いものから順に、「補助」「保佐」「後見」という3つの制度に分かれる。
3制度は重複することはなく、後見が開始されたとしても本人の状況が回復して保佐や補助で足りる程度になったときは後見開始の審判の取り消しは可能。
『補助』
物事の意味を理解し契約の結果が分かるという、判断能力不足の程度が経度である状態に適用される。
無効とされる行為については一切の規定はなく、補助開始の審判とともに、特定の行為について補助人に同意権、代理権を付与する。
裁判所への申し立てにより限定された事項のみ代理権が与えられるため、関係者の意思を反映させやすい。
『保佐』
かつての準禁治産制度が改められたもの。
意思能力はあるが財産管理に関する判断能力が平均より著しく低い状態に適用される。
同意権・取消権が与えられ、申し立てにより代理権を付与でき、本人の生活に必要な難しい取引行為を代理で行うことが出来る。
身分行為の代理は補助同様不可。会社との関係では取締役の資格を失う。
『後見』
かつての禁治産制度が改められたもの。
対象は精神障害によって判断能力を欠く常況にある人。
取消権と代理権が与えられ、後見人の全ての行為を代理することができ、被後見人の行った行為は日常生活に関する行為を除いて取り消しの対象となる。
会社との関係では取締役の資格を失う。

[お話]弁護士 西浦 善彦氏 [取材・編集]M&A Online編集部