コマツが「100年企業」の仲間入り、建機世界2位のクロ―バルカンパニー

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5月13日に「創立100年」を迎えるコマツ(本社ビル)

コマツが5月13日に「創立100年」を迎える。米国キャタピラーに次ぐ世界第2位の建設機械メーカーに成長し、日本を代表するグローバルカンパニーとして名を連ねる。国内外80カ所を超える生産拠点を持ち、海外売上高比率は80%を上回る。社名が示すように、ルーツは石川県小松市にある。

「ダントツ」推進、IoT活用で先行

その名も「ダントツ」。コマツを語るうえ欠かせないキーワードだ。ほかに比べるものがない抜きんでた商品、サービス、ソリューション(課題の解決)の提供を目指すもので、同社の企業行動の基軸を成す。ダントツという言葉の響きは建機が持つ力強いイメージにもマッチする。

「ダントツ」戦略を象徴するのが業界に先駆けて2000年代から取り組んできた建機のIoT(モノのインターネット)化だ。「KOMTRAX」と名づけた建機稼働管理システムを標準搭載した車両は世界累計約60万台に上る。「稼働の見える化」を実現し、省エネ支援や保守管理費用の低減につなげている。

また、AI(人工知能)やドローンなどを活用して建設現場全体をIoTで統合する「スマートコンストラクション」でも業界をリードし、労働力不足やオペレーターの高齢化などの課題解決に取り組んでいる。

油圧ショベル、ミニショベル、ブルドーザー…。土砂の掘削や整地、運搬などに携わる建機には泥臭い機械のイメージがつきまとうが、先進技術への対応が目覚ましい。鉱山開発の現場では大型ダンプトラックの無人運行が実現して久しい。

戦後、ブルドーザー量産で躍進

コマツは1921(大正10)年、明治中頃から小松市内で銅山を経営していた竹内鉱業の機械部門だった小松鉄工所が分離独立し、「小松製作所」として発足したことに始まる。1931年に農耕用トラクターの国産第1号を完成し、1934年には当時の東京株式取引所に上場。太平洋戦争中の1943年には軍の要請で国産ブルドーザーの原型「小松1型均土機」を製作した。

戦後は復興需要とともにブルドーザーの量産が始まり、小松はトップメーカーの地位を不動にした。1951年に本社を小松市から東京に移転。1966年に完成した現本社ビル(東京・溜池)は日本における屋上庭園のはしりとして知れるが、もう一つの名物が屋上に設置された巨大ブルドーザーのオブジェ(1991年に撤去)で、ランドマーク的存在だった。

1960年代には貿易自由化により、世界最大の建機メーカー、米キャタピラーが日本に進出し、外資との競合時代に突入。コマツ自体も70年代に輸出による海外市場開拓を本格化した。80年代から90年代にかけては世界各地で現地生産を拡大し、今日のグローバル企業としての基盤を整えた。アジアではキャタピラーを押さえ、ナンバーワンのシェアを持つ。

この間、大型M&Aも手がけた。2017年に、約3000億円を投じて鉱山機械大手の米ジョイ・グローバル(現コマツマイニング)を買収した。コマツが保有していなかった坑内掘りや超大型の露天掘りに用いる鉱山機械を取り込むのが狙いだ。

コマツ本社(東京・溜池)

コロナ禍、2年連続で大幅減収減益

コロナ禍の状況下、足元の業績はどうか。4月末に発表した2021年3月期決算は10.4%減の2兆1895億円(うち鍛圧機械、工作機械など産業機械部門は1712億円)、営業利益33.3%減の1673億円、最終利益30.9%減の1062億円と、2期連続で大幅な減収減益だった。22年3月期は反転を期す。

国内では日立建機、コベルコ建機、住友建機が総合建機メーカーとしてコマツを追うが、その差は容易には縮まりそうにない距離にある。

発祥の地、小松市にある「こまつの杜」(2011年開館)。広々とした工場跡地に加賀地方の里山を再現すると同時に、さまざまな建機を展示し、子どもたちが試乗体験を楽しめる施設で、5月13日の「創立100年」に合わせてリニューアルオープンを控える。

文:M&A Online編集部

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