今年に入り、買収先の同意を得ないまま、TOB(株式公開買い付け)を提案するケースが2件起きている。TOBを提案したのはブラザー工業とAZ‐COM丸和ホールディングス。前年も同様のケースが2件あったが、いずれも買収に成功した。ところが、今年は一転、2件そろって旗色が悪いのが実情だ。
ブラザー工業は5月9日、産業用プリンター大手のローランドディ.ジー(DG)に提案中のTOBについて、買付価格を引き上げないことを決めたと発表。これにより、5月中旬をめどに始める予定だったTOBを見送り、買収を事実上断念した。
ローランドDGをめぐっては米投資ファンドのタイヨウ・パシフィック・パートナーズが主導するTOBがMBO(経営陣による買収)の一環として2月半ばから進行中。タイヨウ側の買付価格が上回っていたため、これに対抗してブラザーが買付価格の引き上げに動くかが注目されていた。
ブラザーがローランドDGの買収に名乗りを上げたのは3月半ば。5200円の買付価格でTOBを予告したことで争奪戦の様相を呈していた。
MBOは当初1株5035円で始まり、不利な条件にあったが、4月末に買付価格が5370円に引き上げられた。このタイミングに合わせ、ローランドDGは特別委員会で比較検討してきたMBOとブラザーの両案に関し、株式価値・企業価値に最も資する提案はMBOだとの判断を示した。
MBOに向けた買付期間は5月15日まで。ローランドDG株はブラザーの事実上の撤退を受けて250円以上低下。買付価格の範囲に収まったことで成立が濃厚な情勢だ。
ブラザーは「事実誤認に基づく主張や具体的な根拠を欠く主張を繰り返すローランドDGの経営陣との間で、信頼関係を構築することは今後見込めないと判断した」と批判している。
ブラザーの場合、あくまでTOBの提案段階で、実際に買い付けを始めたわけでない。いわば場外戦に踏みとどまった形だ。
もう一つの“同意なき買収”は物流中堅のAZ‐COM丸和ホールディングスが企てた。同業のC&Fロジホールディングスに対するTOBは5月2日に始まった。
ローランドDGをめぐる三つ巴の構図と異なり、買収企業と対象企業との攻防戦だ。
C&Fロジは5月7日、AZ‐COM丸和のTOBへの意見を留保すると発表。複数の真摯な対抗提案が寄せられており、当該対抗提案との比較を含めて慎重に検討し、AZ‐COM丸和のTOBに賛同か反対かの意見を表明するとしている。反対なら、今年初の敵対的買収に発展する。
AZ‐COM丸和は3月下旬、TOBを5月上旬に始めることを予告した。C&Fロジは少なくとも開始時期を5月末に延期することを要望していたが、AZ‐COM丸和はこれを一蹴。「延期せずとも対象者株主の利益は損なわれないばかりか、早期に売却機会を提供することが対象者株主に利益に資する」と実行に移した。
ただ、このままTOBがすんなり成立する状況にはほど遠い。10日にはC&Fロジ株価が4025円(終値)と年初来高値をつけ、AZ‐COM丸和による買付価格3000円を1000円以上上回った。
本来であれば、買付価格に株価がさや寄せされるのが一般的なパターン。ところが、対抗TOB出現への期待感から、出来高がここへきて大きく膨らみ、高値を呼んでいる。6月17日を買付期間とするが、曲折は必至だ。
AZ‐COM丸和としても容易に買付価格を引き上げられない。高値づかみとなれば、減損リスクが増し、自身の企業価値を棄損しかねない。
ここで思い出されるのは昨年の2つの事例。
その一つはニデックによる中堅工作機械メーカー、TAKISAWAの買収。もう一つは福利厚生代行のベネフィット・ワンをめぐる争奪戦で、先にTOBを実施中のエムスリーに対し、第一生命ホールディングスが対抗TOBを仕掛けた(昨年12月に予告し、今年2月に実施)。
いずれの案件も相手の同意を得ていない段階でTOB実施の予告を発表したが、最終的にニデック、第一生命はそろって買収を成功させた。
では、同じ“同意なき買収”でありながら、今年のブラザー、AZ‐COM丸和の場合と一体何が異なるのか。
実は、ニデック、第一生命のケースをみると、TOB開始時点で最終的に相手方の賛同を取り付けているのだ。これに対して、ブラザーの提案は退けられ、TOBを始めたAZ‐COM丸和も現時点で賛同を得られる見通しが立っていない。
例えば、ベネワンの一件。ベネワンはエムスリーのTOBに対する当初の賛同を撤回し、より有利な条件を提示した第一生命の支持に回った。
2020年秋から暮れにかけて家具・ホームセンターの島忠をめぐり、ホームセンター大手のDCMホールディングスと家具大手のニトリホールディングスが争奪戦を繰り広げたことがある。
この時も、後出しじゃんけんの形で参戦したニトリがTOBを制した。だが、今回のブラザーのケースではこの“セオリー”が覆ることになった。
AZ‐COM丸和のケースも、仮に当初から敵対的TOBを辞さない覚悟だったとしても、対象企業の株価高騰は想定外。対抗TOBの可能性も捨てきれず、戦略の練り直しが避けられそうにない。
文:M&A Online
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