そうか、あの会社も消えたのか…2022年の「沁(し)みる倒産」3選

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負債総額の大きさとは関係なく心に沁みる倒産がある(写真はイメージ)

大塚家具「本流」が消滅、されど「魂」は消えず

「ききょう企画」(東京都渋谷区)と聞いてピンと来る人は多くないだろう。10月25日付で東京地方裁判所から特別清算の開始決定を受けた同社は、家具販売大手・大塚家具の創業家の資産管理会社で、大塚家具の株式を保有・管理していた。

創業家一族による経営権争いで大塚家具の業績が悪化すると、2019年12月には資金繰りの悪化を理由に家電量販大手ヤマダデンキ(群馬県高崎市)の子会社に。2022年5月には吸収合併され、法人としての大塚家具が消滅した。これにより大塚家具株を管理する業務がなくなり、ききょう企画は7月29日付で解散を決議して事後処理を進めていた。

企業としての大塚家具は消滅したが、「大塚家具」ブランドは生き残っている。同社のノウハウや経営資源をヤマダデンキに集約し、合併によるシームレスな営業に取り組む。

ヤマダデンキに引き継がれた「IDC OTSUKA 有明ショールーム」
ヤマダデンキに引き継がれた「IDC OTSUKA 有明ショールーム」(同社ホームページより)

大塚家具と言えば、創業者の大塚勝久元社長と娘の久美子前社長との間で繰り広げられたプロキシーファイト(委任状争奪戦)による「お家騒動」で経営が傾いた印象が強い。しかし、現実には父親の勝久元社長時代から業績に陰りが見え始めていた。

国民所得の低迷が長期化して高級家具市場が伸び悩む一方、ニトリやIKEAなどの低価格帯の家具販売がコロナ禍にもかかわらず成長。一方、大塚家具が得意としていた高価格帯の家具も、小規模な家具工房によるこだわりのオーダーメイドが人気を集めている。

「お家騒動」がなかったとしても、大塚家具の経営が行き詰まっていた可能性が高かっただろう。ききょう企画の消滅で、大塚家具の「本流」は途絶えた。残るは大塚家具を追われた勝久元社長が設立した匠大塚(埼玉県春日部市)だけだ。

ヤマダデンキに吸収された大塚家具ブランドの店舗は11店あるが、匠大塚は4店。高級家具市場の逆風が続く中、匠大塚はダウンサイジング(規模縮小)により、かつての「大塚家具ファン」を取り込みながらニッチ市場で生き残りを図る戦略だ。大塚家具の「魂」は、まだ消えていない。

文:M&A Online編集部

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