街を歩くと、時に思わぬ出合いがある。その一つが「〇〇の発祥(創業)の地」というメモリアルスポットの類。都心を散策中、意外な発見があるかもしれない3つのお薦め地点を紹介する。

明治大が産声を上げたのは…

「白雲なびく駿河台 眉秀でたる若人が…」。こう始まる明治大学校歌は日本3大校歌の一つに数えられる名曲として知られる。明治大といえば、東京・神田駿河台の本部キャンパスが思い浮かぶが、産声を上げたのは銀座の数寄屋橋交差点近く(有楽町2丁目)。晴海通りに面して、「明治大学発祥の地」碑が立つ。

もとは肥前島原藩(現在の長崎県)などを治めた深溝(ふこうず)松平家の上屋敷が置かれていた場所。1881(明治14)年1月、若き法律家の岸本辰雄、宮城浩蔵、矢代操が屋敷の一部を借り受け、明治法律学校(前身)を開校したのが始まりだ。ただ、銀座時代は5年ほどに過ぎない。1886年に新天地を求めて神田駿河台に移転した。

現在、駿河台、和泉(杉並)、生田(川崎市)、中野(中野)の4キャンパスを構える。卒業生は50万人を超える。日本を代表する私学として確固たる地位を築いているが、その原点は銀座にあった。

通貨の番人、開業の地は?

物価の安定と金融システムの安定を使命とする日本銀行。三井本館や三越本店に隣接する日本橋本石町に本店を構える。旧本館は日本の近代建築の父とされる辰野金吾が設計し、中央銀行にふさわしい重厚感あふれる建物だ。てっきり、ここが発祥の地だと思っていたら、そうではなかった。

「日本銀行創業の地」と記した碑が立つのは日本橋川と隅田川が合流する旧永代橋西詰近く。住所は日本橋箱崎町で、日本IBMの本社がすぐそばにある。最寄り駅の地下鉄半蔵門線水天宮前から、歩いて10分足らずで着く。水天宮参りの折に足を延ばしてみては。

日本銀行は1882(明治15)年10月10日に、この地で開業した。現在地の日本橋本石町に移転したのは1896年のことだ。記念碑は創業100周年を記念して、前川春雄総裁(第24代)時代の1982年に建てられた。プレートには開業当時の2階建ての本店の姿が描かれている。

前島密像が立つ

日本橋川を横切る昭和通りに架かる江戸橋。その脇にある日本橋郵便局が「郵便発祥の地」。

飛脚制度に代わり、1871(明治4)年に近代的な郵便制度が始まり、駅逓司と郵便役所が置かれた。駅逓司は後の「郵政省」に相当する役所。郵便役所は実働部隊の「郵便局」にあたり、東京、大阪、京都で発足した。

現局舎の南西側には前島密の銅像が立つ。切手発行や郵便ポスト、全国均一料金制などを導入し、近代的郵便制度の創設に尽くしたことは教科書で習ったはず。1円切手に描かれている人物は前島にほかならない。 

 インターネット全盛期を迎え、コミュニケーションの手段が劇的に変化する中で、郵便の取り扱いは年々減っている。こうした状況を、前島は150年前に予想しただろうか。

文:M&A Online編集部