動物園(上野)、鉄道(新橋~横浜)、超高層ビル(霞が関ビル)……。東京は首都だけあって、「本邦初」に事欠かない。乗り物でいえば、モノレールもその一つだ。東京の空の玄関口・羽田にアクセスする東京モノレールは日本で最初に本格的な公共交通機関として、前回の東京五輪開会を翌月に控える1964(昭和39)年9月に開業した。

交通渋滞解消へ「東京大改造」の一翼を担う

前回の東京五輪に際しては交通インフラを中心に東京大改造が行われ、頭上を走る首都高はその象徴だ。日本は当時、高度経済成長期の真っただ中。モータリゼーションが急速に進み、交通混雑解消の手立ての一つとしてモノレールにも大きな期待が集まった。

東京モノレールは区間の多くが京浜運河に沿って走っている。用地買収の手間が省け、突貫工事に向くとみたからだ。乗ってみると、きつめのカーブで車体がかなり傾き、スリリングに感じられる個所もある。

モノレールは一本のレール(軌道)に車両がまたがる「跨座(こざ)型」とぶら下がる形の「懸垂(けんすい)式」の2タイプがある。東京モノレールは跨座型で、6両編成。最高速度は時速80キロだ。

多くの区間で運河上を走る

現在10駅だが、当初は「途中駅」ゼロ

総延長17.8キロメートルで、浜松町駅~羽田空港第2ターミナル駅間を10駅で結ぶ。羽田空港の沖合展開に伴う延伸(2004年)、国際線の定期乗り入れ再開(2010年)を経て、今日の姿となっている。

1日あたり約31万人が利用する(平日、2020年4月1日時点)。しかし、1964年の開業当初は途中駅がまったくなかったため、空港利用客以外に乗客がいなかったというから、隔世の感がある。

観光用や遊覧用のイメージがあるモノレールだが、現在、公共交通機関として営業するのは全国で10路線(東京3、千葉2、神奈川、大阪、広島、福岡、沖縄各1)だけ。昨年11月から運行を休止しているが、実は上野動物園(東京都台東区)にあるモノレール(正式名は上野懸垂線)もその一つ。動物園の遊技施設ではなく、鉄道事業法に基づき1957年に東京都交通局が営業運転を始めた。

開業は東京モノレールよりも7年早いのだが、上野モノレールの営業距離は動物園内の約300メートルに過ぎない。法律上の扱いはともかく、公共交通機関としての第1号としては東京モノレールに軍配があがる。

JR東日本グループの一員として京急に対抗

1998年にはライバルの京急(京浜急行電鉄)が空港内への直接乗り入れを実現し、競合関係が激化。空港快速や区間快速を運転開始し、京急に対抗している。会社としての東京モノレールは長年、日立グループ傘下にあったが、2002年以降はJR東日本が親会社となっている。

浜松町から乗車して大井競馬場、流通倉庫群を抜け、空港が近づくと巨大な整備場や駐機した飛行機が眼前に迫り、空中散歩にいささか心躍る。ターミナルビル屋上の展望デッキで離着陸する飛行機をながめれば、それだけで童心にかえりそうだ。

羽田空港(展望デッキから、2020年8月撮影)

文:M&A Online編集部