「田中角栄」元首相が創業し、80年近い歴史を持つ会社とは?

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田中角栄元首相が創業者である田中土建工業(東京・市ヶ谷)

NHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公として、一大ブームを巻き起こしている渋沢栄一。近代ニッポンの資本主義の父と呼ばれ、500余りの企業・団体の設立にかかわった。翻って、政界で50年ほど前、空前の国民的人気を背に首相に上り詰めたのが田中角栄(1918~1993年)。実は田中元首相もある会社の創業者として名前を今に残している。

25歳で「田中土建工業」を創業

その会社とは「田中土建工業」。東京・市ヶ谷に本社を置き、防衛省正門からほど近く、靖国通りに面する。

田中土建工業の創業は1943年(昭18)。田中角栄が25歳の時だ。新潟県から上京し、専門学校の中央工学校土木科を卒業。建築事務所を立ち上げた後、田中土建工業に発展改組した。同社の会社案内には「昭和18年10月 元内閣総理大臣 故田中角栄により創業」と記されている。

同社は首都圏を地盤にオフィスビル、マンションなど民間建築を主力とする。2020年9月期業績は売上高121億円、営業利益13億円、最終利益8億6000万円。ゼネコン(総合建設業)として規模は大きくないが、ビルを多数保有し、賃貸事業が安定収益源になっている。

「日本列島改造論」大ベストセラー

田中角栄は戦後、1947年の総選挙で28歳の若さで初当選。郵政相、蔵相、自民党幹事長、通産相の要職を経て、首相には1972年に54歳で就任した。その経歴や抜群の実行力から、「今太閤」「コンピューター付きブルドーザー」などともてはやされ、国民的人気を博した。日中国交正常化を成し遂げたのも業績の一つだ。

田中が事実上の政権構想として1972年に出版した「日本列島改造論」(日刊工業新聞社刊)は飛ぶように売れ、90万部を超える大ベストセラーとなった。

ただ、絶頂期は長続きせず、第1次石油危機で列島改造論は頓挫し、金脈問題で在任2年5カ月の短命政権に終わった。退陣後は、戦後最大の疑獄事件とされる「ロッキード事件」の被告の身となり、総理大臣の犯罪が争われた。

現下の日本は未曾有のコロナ危機の只中。国難にあって政治のリーダーシップが根本から問い直される中、「田中角栄」を再評価する向きも少なくない。

文:M&A Online編集部

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