【熊本銀行】2つの第2地銀のM&Aを経て、更なる再編に!|“ご当地銀行”の合従連衡史

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熊本地震からの復興の途にある阿蘇くまもと空港(熊本県益城町)。熊本金融界の地銀2行のATMが並ぶ

熊本銀行は県内にあった2つの無尽組織の系統が合流して誕生した第2地銀である。1つは1929(昭和4)年1月に設立された熊本無尽、もう1つはその4年後、1933年に設立された肥後無尽である。熊本無尽と肥後無尽は、熊本県内を営業地盤に独自に発展を遂げてきた。

相銀から普銀に転換した2行が合併

両無尽のM&A関連の動きを見ていく。まず熊本無尽は、1942年8月に福栄無尽を合併している。一方の肥後無尽は1943年2月に阿蘇無尽の営業を譲受け、3月には城南無尽を合併している。

そして1951年6月に相互銀行法が施行され、同年10月、熊本無尽は熊本相互銀行に、肥後無尽は肥後相互銀行に改称した。それぞれが無尽から相銀に発展した。ちなみに1987年10月には、両行とも福岡証券取引所に上場した。

1989(平成元)年には金融自由化の名のもと、全国の相互銀行が普通銀行への転換を始めた。相互銀行法が廃止されたのは1992年のことだが、熊本相銀も肥後相銀も、相銀から普銀への転換期の先陣を切るように1989年2月に普銀転換を果たした。熊本相銀の行名は熊本銀行となり、肥後相銀の行名は肥後ファミリー銀行となる。この時期の熊本銀行を「初代熊本銀行」というケースもあるようだ。

全国の相銀の普銀への転換が終わる1992年、それぞれ独自の発展を図り、鎬を削ってきた熊本銀行と肥後ファミリー銀行が合併することになる。行名は熊本ファミリー銀行である。ここに、現在の熊本銀行の“直接の前身”となる銀行が誕生した。

発足早々に受難を迎えた熊本ファミリー銀行

熊本ファミリー銀行となってから、同行はいわば受難の時期を迎える。まず2004年7月、金融庁は同行に業務改善命令を発動した。経営改善化計画の収益目標と実績に大きな乖離があったためである。

さらに2006年5月、同行が整理回収機構に発行した優先株式を福岡銀行が買い取った。この優先株式は公的資金であるから、優先株式を買い取る行為は福岡銀行が熊本ファミリー銀行を傘下に収めようとしたことを意味する。

そして2007年4月、福岡銀行との共同株式移転方式によって、ふくおかフィナンシャルグループ(ふくおかFG<8354>)が設立された。熊本ファミリー銀行は、ふくおかFGの子会社となった。

熊本ファミリー銀行は以後、東京をはじめ九州の長崎・大分両県からも支店を撤退している。そのほかクレジットカード子会社を福岡銀行へ譲渡し、事業再生事業・不良債権関連事業を会社分割によって福岡銀行へ承継するなど、事業リストラを積極的に推進し、体質強化を図った。

九州北部の金融再編の渦中にある2代目熊本銀行

熊本ファミリー銀行が再び熊本銀行と改称したのは2013年4月のこと。これを2代目熊本銀行と呼ぶケースもある。旧商号への復帰は、雌伏のときを越えて新たな一歩を歩み始めたことを感じさせた。

熊本銀行は福岡銀行と、2007年11月にふくおかFGに加わった親和銀行(長崎県)との連合体でATM(現金自動預け払い機)の通帳の相互利用サービスを開始するなど、金融グループによる活動を活発化させている。さらに、ふくおかFGは、2019年4月に十八銀行(長崎県)との経営統合を行っている(グループ傘下の銀行としては2020年10月、十八親和銀行が誕生)。

2つの無尽・相銀、さらに第2地銀がM&Aを経て誕生した熊本銀行は、いま福岡をはじめとする隣県、九州北部の金融再編の真っ只中にいる。

 文・菱田秀則(ライター)

M&A Online編集部

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