強いタブー感を打ち破るためにも若い人に見てほしい『破戒』監督インタビュー

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映画『破戒』を撮った理由 ー前田和男監督 独占インタビュー

前田和男監督
撮影:堀木三紀

1948年に木下恵介監督、1962年に市川崑監督と名だたる巨匠が映画化してきた島崎藤村の名作小説「破戒」が60年ぶりに映画化された。主演を務めるのは間宮祥太朗。自らの出自に苦悩しつつも、最後にはある告白をする主人公・丑松という難役に挑戦し、気迫のこもった演技で観る者を惹きつける。相手役・志保を演じるのは石井杏奈。控えめでおとなしい性格にもかかわらず、根底にはしっかりとした芯を持つ女性として演じた。

©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会

令和の今、なぜ島崎藤村の『破戒』なのか。メガホンを取った前田和男監督に話を聞いた。

全国水平社 創立100周年を記念して製作した『破戒』

――本作は全国水平社*創立100周年を記念して製作されました。監督をお引き受けになった経緯からお聞かせいただけますか。

プロデューサーの中鉢裕幸さんとは30年くらいの付き合いです。これまでに何度も差別や人権問題をテーマとしたドラマや映画を作ってきました。そういった仕事の延長線上に今回の『破戒』があります。全国水平社創立100周年という節目に作ることができてよかったと思っています。

脚本は加藤正人さんと木田紀生さんですが、準備稿の段階で私も呼ばれて、全体の構想やキャラクター造形の細かい部分で思ったことをお伝えしました。お二人は私の意見も取り入れて、長い原作を丹精にまとめてくださり、感服しました。

*1922(大正11)年3月に結成された部落解放運動団体

――本作ではあえて、当時の表現をそのまま使ったとのこと。演出ではどのようなことを大事にされたのでしょうか。

主人公を演じた間宮祥太朗さんには準備稿の段階から参加してもらい、「希望を失っている沈黙と静寂を今回の瀬川丑松の基本的な佇まいにしましょう」と伝えました。決して饒舌ではなく、ギリギリのところで生きているという感じです。

もう一つは「相手に対して敬愛の念を抱いている」ということ。教師だからといって、教壇の上から子どもたちに何かを押し付けるのではなく、子どもたちと同じ目線に立つ。子どもたちに対しても、きちんと「さん付け」で名前を呼び、敬意を表しています。それは彼の部落民という出自からくる本能的なもの。そういったことを踏まえて、丑松作りをしていただきました。

志保に関しては、準備稿の段階では地方の田舎の一文学少女という位置づけでしたが、脚本家の方にお願いして、与謝野晶子のキャラクターを志保に投影してもらいました。言うべきことは言い、行動するときは行動する。与謝野晶子は現代の女性に通じるような“根性のある女性”で、自分にきちんと向き合っています。

志保を与謝野晶子と重ねることでキャラクターとして作りやすいし、イメージが伝わりやすい。石井杏奈さんにも「丑松と初めて会うところはかわいらしく愛嬌を振りまいて、『この寺の娘の志保でございます』というのではなく、凛とした佇まいで毅然と丑松に向き合いましょう」と伝えました。

©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会

受け継がれてきた伝統をさりげなく

――時代設定が明治で、みな和装です。若いキャストの方々は所作で苦労されたのではありませんか。

助監督さんや衣装部さんがその都度、さりげなく立ち居振舞いやお茶の入れ方を教えていました。そういった技術を持ったスタッフがいてくれることが太秦(うずまさ)の強みですね。

――この作品を太秦の東映京都撮影所で撮影したことに意味があったのですね。

もちろんそうです。所作はたくさんの中の1つに過ぎません。太秦の方々は勉強されていますから、映画的教養が非常に高い。どう撮るかをいくつかの選択肢の中から選べる。こちらが多少の無理を言っても、いろいろ考えて何とかしてくれ、きちきちの状態ではなく、余裕のある仕事ができました。

©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会

――太秦の伝統的技術を特に感じるシーンがあったら教えてください。

例えば夕景を撮る際、カメラに直接ライトをぶつけて夕日にしています。他にも、引きの画で広く撮ったときには大扇風機で風を起こして砂埃を立たせています。これは結構大変なことですが、芝居のバックでさりげなくやってくれました。受け継がれてきた伝統というか、日々の積み重ねなのでしょう。そこにスタッフそれぞれの感性から生まれたオリジナルのアイデアが加わる。とにかく素晴らしいスタッフに恵まれたと思っています。

スタッフ全体としては平均年齢が高くありません。これまで伝承されてきた太秦の技術はこの先にも繋がっていく。願望ではなく、実際に仕事をしてそういう風に確信しました。

自分と違う属性の人を抑圧しない

――最近は学校で部落差別を取り上げることが少なくなっていると聞いています。また放送局や新聞社などは放送禁止用語として自主規制しているので、若い人たちは差別用語を知らないで育ってきています。この作品は若い世代に部落差別について伝える上でも大きな意味があると思います。

差別というものは人間が持っている毒性だと思います。どんなに立派で善良で正義感にあふれた人間でも差別をしてしまうこともある。差別というのはその人の倫理観を一瞬にして黒塗りにしてしまいます。しかも部落差別に関しては意識して「しない」と思っている人でも、別なところで別な差別をすることがある。

最近で言えば、コロナ禍にマスクやワクチンの問題が起こり、その局面でいろいろな差別が生まれた。それが今回のコロナ禍でよくわかりました。コロナだけではありません。人種差別やLGBTQもそうです。

人間が生きていく上で身の回りにはいろいろな差別がある。無意識に何かの差別をしてしまうことがないよう、常に想像力を働かして、地道に常識を育てて自覚的に生きていく。それにはいろいろな知識が必要です。作中で猪子蓮太郎や丑松が学問の大切さを語っていますよね。

学ぶこと、知ることによって自分の中にモラルが生まれて差別をしなくなる、あるいは差別ということに気づいていく。それはとても大切なことだと思います。

――若い世代が常に想像力を働かして、地道に常識を育てて自覚的に生きていくために私たちの世代ができることはどんなことでしょうか。

本質的に差別をなくすにはどうしたらいいのかという議論もありますが、それはあまり意味がないと思います。本質を問い詰めるより自分と違う属性の人を抑圧する発言や行動をする人が減ってくること、そして、そういうモラルが広がることが社会にとっていちばん大事。それを我々世代は日頃の言動で若い世代に示すしかない。恐らく、上の世代よりも若い人たちの方が素直に受け入れてくれると思います。

©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会

――公開を前に今のお気持ちをお聞かせください。

「島崎藤村の『破戒』をやりたい」と数年前に中鉢さんから聞き、何十年かぶりに『破戒』を読んで、「これはロミオとジュリエットだな」と思いました。部落差別が丑松と志保の間にある障壁。そこに父の戒めを破るという、いわゆる「父親殺し」が加わり、丑松がどう希望を持ち直していくのかに繋がっていく。エンターテインメント寄りで考えていました。

ところが『破戒』のことを知って話しかけてくれる人のほとんどが「新作は『破戒』だそうですね。でも『破戒』って部落差別の映画ですよね…」と最後の方は声を潜めるのです。その強いタブー感を打ち破るためにも若い人に見てほしい。主要キャストをみな、若い俳優にしたのはそのためです。原作では年配で恰幅のいい国会議員の高柳利三郎もこの作品ではもっと若い設定にしました。

若い世代に見ていただき、涙が流れるシーンがあったら、涙の理由を考えてほしい。自分の中の不都合な部分に気がついたら、それは何なのかを考えることで自分と向き合うことができると思います。

取材・文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

<監督プロフィール>
前田和男(まえだ・かずお)

前田和男監督
撮影:堀木三紀

1956年生まれ。脚本家・大津皓一氏に師事し脚本技術を学ぶ。その後、国際放映、東宝、大映、東映でテレビドラマの助監督を務める。1981年CMで監督デビュー。映像博と呼ばれた1985年『つくば科学博』では、4つのパビリオンの演出・プロデュースを担当し、特に日本政府館では、日本各地の土着の文化を掘り起こした大型映像に注目が集まった。以後、映画、CM、ドラマ、大型展示映像、プロモーションビデオ、教育映画の監督、および劇画原作などで現在に至る。

主な作品に高崎映画祭招待作品の映画『発熱天使』(監督・脚本、99年/主演:椎名桔平)、キネマ旬報「文化映画部門」ベストテン7位および教育映画祭最優秀賞・文部科学大臣賞受賞の『みみをすます』(監督、05年)がある。

<あらすじ>
瀬川丑松(間宮祥太朗)は、自分が被差別部落出身ということを隠して、地元を離れ、ある小学校の教員として奉職する。彼は、その出自を隠し通すよう、亡くなった父からの強い戒めを受けていた。

彼は生徒に慕われる良い教師だったが、出自を隠していることに悩み、また、差別の現状を体験することで心を乱しつつも、下宿先の士族出身の女性・志保(石井杏奈)との恋に心を焦がしていた。

友人の同僚教師・銀之助(矢本悠馬)の支えはあったが、学校では丑松の出自についての疑念も抱かれ始め、丑松の立場は危ういものになっていく。苦しみのなか丑松は、被差別部落出身の思想家・猪子蓮太郎(眞島秀和)に傾倒していく。

猪子宛に手紙を書いたところ、思いがけず猪子と対面する機会を得るが、丑松は猪子にすら、自分の出自を告白することができなかった。そんな中、猪子の演説会が開かれる。

丑松は、「人間はみな等しく尊厳をもつものだ」という猪子の言葉に強い感動を覚えるが、猪子は演説後、政敵の放った暴漢に襲われる。この事件がきっかけとなり、丑松はある決意を胸に、教え子たちが待つ最後の教壇へ立とうとする。

©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会

<作品データ>
『破戒』
監督:前田和男
原作:島崎藤村『破戒』
脚本:加藤正人、木田紀生
音楽:かみむら周平
出演:間宮祥太朗、石井杏奈、矢本悠馬、高橋和也、小林綾子、七瀬 公、ウーイェイよしたか(スマイル)、大東駿介、竹中直人 / 本田博太郎 / 田中要次、石橋蓮司、眞島秀和
企画・製作:全国水平社創立100周年記念映画製作委員会
制作:東映
制作協力・配給/宣伝:東映ビデオ
制作プロダクション:東映京都撮影所
公式サイト:https://hakai-movie.com/
2022年7月8日(金)公開

©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会

堀木 三紀 (ほりき・みき)

映画ライター/日本映画ペンクラブ会員

映画の楽しみ方はひとそれぞれ。ハートフルな作品で疲れた心を癒したい人がいれば、勧善懲悪モノでスカッと爽やかな気持ちになりたい人もいる。その人にあった作品を届けたい。日々、試写室に通い、ジャンルを問わず2~3本鑑賞している。(2015年は417本、2016年は429本、2017年は504本、2018年は542本の映画作品を鑑賞)


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