司馬遼太郎の代表作を映像化『峠 最後のサムライ』

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©2020『峠 最後のサムライ』製作委員会

幕末の動乱期に非戦の理想を追求した河井継之助を描く『峠 最後のサムライ』

時代小説の巨匠、司馬遼太郎の代表作の一つである『峠』が映画化された。舞台は、幕末の動乱期の越後長岡藩。戦の無い世を願い、藩の自主独立を目指した越後長岡藩家老の河井継之助(かわい・つぎのすけ)に役所広司が扮し、継之助に寄り添う妻おすがに松たか子、前長岡藩主に仲代達矢ら豪華キャストを配した。黒澤明監督に長く師事し、『雨あがる』『蜩ノ記』など時代劇の名作でメガホンをとった小泉堯史監督が、制作指揮だけでなく脚本も手がけた。

時代の奔流に呑み込まれながらも自らの理想を追求しようとする継之助の言葉と行動は、変化の激しい現代を生きる私たちの心に150年余りの時を超えて響いてくる。

あらすじ紹介

慶応3年(1867年)の大政奉還で、四半世紀を超える徳川幕府の治世が終わりを告げた。諸藩は勤王(西軍)、佐幕(東軍)に分かれ、慶応4年の鳥羽・伏見の戦いを皮切りに戊辰戦争が勃発。越後長岡藩の家老、河井継之助は西軍・東軍いずれにも与せず、欧米の最新兵器を買い入れて非戦・武装中立を目指す。民の暮らしを守るために戦争を避けようとしたのだが、和平を願って臨んだ談判は決裂。継之助は徳川譜代の大名として義を貫き、西軍と砲火を交える決断を下す。5万の敵軍をたった690人で迎え撃つ、凄絶な戦いの幕が切って落とされた。

©2020『峠 最後のサムライ』製作委員会

激動の時代にスピード出世した継之助

坂本龍馬、西郷隆盛、大久保利通、勝海舟など、幕末の動乱期は個性豊かな人物が多数輩出した時代であった。文政10年(1827年)に長岡城下に生まれた河井継之助も、その一人である。20代半ばの江戸留学中に黒船来航を目の当たりにし、すぐさま藩主・牧野忠雅に藩政改革を建言。藩主の信任を得る一方、江戸や長崎、九州の諸藩を訪れ、西洋文化や藩政改革に関する知見を広げた。

継之助は慶応元年(1865年)に郡奉行に就任すると、藩政改革を主導。出世を重ね、戊辰戦争が始まった慶応4年(1868年)には42歳にして家老上席に就いた。激動の時代に必要とされた人材とはいえ、異例のスピード出世である。

©2020『峠 最後のサムライ』製作委員会

本作は、大政奉還から戊辰戦争が始まり、会津藩討伐を目指す西軍と長岡藩が衝突、長岡城が陥落し、継之助が敗走途中の会津塩沢で亡くなるまでを描いている。この間、わずか10カ月。「民は国の本、役人は民の雇い」を信条としていた継之助が非戦・武装中立の理想を掲げ、西軍相手に粘り強く和平の道を追求したのは、ひとえに領民の命とくらしを守るためだったという。

継之助が発する数々の印象的な言葉たち

40代に入ったばかりで藩と領民の命運を託される重圧のなかで、継之助は数々の言葉を発し、それが本作の見どころの一つとなっている。

中でも筆者の印象に残ったのは、継之助が幼馴染みの藩士に非戦・武装中立という理想は、この時代のうねりの中で果たして貫けるのかと問われて答えた、この言葉である。

「立場を離れたら宙に浮いたような一生を送ってしまう」

長岡に迫る大軍の足音に、藩中では逆賊のそしりを受けないためにも恭順の意を示すべきだと継之助に訴える藩士もいた。西軍に寝返れば長岡藩は戦火を免れるが、会津藩討伐の先鋒に立たされる。それでは長岡藩の義が立たない。継之助は理想を掲げて、徳川家をつぶそうと目論む新政府と対峙したが、交渉の決裂とともに開戦に追い込まれた。武士として、徳川譜代大名の重臣としての立場を重んじての決断だった。和平の道を懸命に探りつつ、武士の本分を貫くには開戦もやむなしという継之助の覚悟が凝縮した言葉である。

このほかにも、「余念を持たず、目と心を一つにする」、「己の好きなところを磨き、伸ばす」などの印象的な言葉が語られる。ぜひ、映画館で耳を澄ませてほしい。

豪華キャストにも注目

豪華キャストも本作の魅力である。幕末の動乱期を生きる武士の凛とした佇まいが全編を通して描かれる。継之助の妻おすがを演じる松たか子の演技も、また然り。継之助がおすがを芸者遊びに連れ出し、興が乗って夫婦で盆踊りをする場面で見せる、松たか子の所作の美しさは必見である。

©2020『峠 最後のサムライ』製作委員会

継之助に扮する役所広司は撮影時は62歳だった。映画で描かれる継之助に比べ20歳も年上なのだが、そんな違和感はスクリーンから微塵も感じない。俳優の卓越した力量といえばそうなのだが、幕末を代表する武士の覚悟と静謐さを表現するには、このくらいの年齢差を必要とするというのは言い過ぎだろうか。

原作者の司馬遼太郎氏は『峠』のあとがきに、こう記している。「幕末期に完成した武士という人間像は、その結晶のみごとさにおいて人間の芸術品とまでいえるように思う」

自らが置かれた立場に応じて、やるべきことをやる。現代に生きる私たちに、河井継之助の生き方や言葉は、そう語りかけている気がする。

文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

<作品データ>
『峠 最後のサムライ』
出演:役所広司、松たか子、香川京子、田中泯、永山絢斗、芳根京子、坂東龍汰、榎木孝明、 渡辺大、AKIRA、東出昌大、佐々木蔵之介、井川比佐志、山本學、吉岡秀隆、仲代達矢
監督・脚本:小泉堯史
音楽:加古隆
エンディング曲:「何処へ」石川さゆり(テイチクエンタテインメント)
原作:司馬遼太郎「峠」(新潮文庫刊)
配給:松竹、アスミック・エース
©2020『峠 最後のサムライ』製作委員会
公式サイト:https://touge-movie.com/
2022年6月17日(金)から全国公開

堀木 三紀 (ほりき・みき)

映画ライター/日本映画ペンクラブ会員

映画の楽しみ方はひとそれぞれ。ハートフルな作品で疲れた心を癒したい人がいれば、勧善懲悪モノでスカッと爽やかな気持ちになりたい人もいる。その人にあった作品を届けたい。日々、試写室に通い、ジャンルを問わず2~3本鑑賞している。(2015年は417本、2016年は429本、2017年は504本、2018年は542本の映画作品を鑑賞)


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