昨日食べたツナ缶は「海の奴隷」が獲ったものかもしれない

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©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.

『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』

コロナ禍に伴い、家飲みの機会が増えた。おいしいお酒には、おつまみが欠かせない。料理の苦手な私が家で常備しているもの、それはツナ缶だ。いつでも気軽にパカッと開けて、和え物にしたり、炒め物にしたり。コスパがよく、短時間で美味しい一皿が作れる、便利な食材。私のツナ缶に対する思いは、いたって気楽なものである。

これほど生活に身近なツナ缶やシーフードを、「海の奴隷」が獲ったものかもしれないなんて、考えたこともなかった。映画『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』を観るまでは──。(5月28日全国公開)

<あらすじ>

世界有数の水産大国・タイでは、遠洋漁業の漁船で働かされている「海の奴隷」が数万人存在するといわれている。人身売買業者に騙されるなどして、タイ国内のほか、ミャンマー、ラオス、カンボジアなどの貧困国から集められた労働者たちは、自由を奪われ、タダ同然か無報酬で、来る日も来る日も奴隷として働き続けている。

日本も決して無関係ではない。タイの水産物輸出先、世界第2位である日本は、ツナ缶やエビなどを当たり前のように輸入している。人間だけではない。日本で販売されているキャットフードの約半分はタイ産だという。私たちが安さや手軽さを享受している裏側には、過酷な労働を強いられている奴隷たちの実態があるのだ。

本作は、海の奴隷となった被害者らを救出するため、彼らが逃げこんだインドネシアの離島に向かうタイ人女性、パティマ・タンプチャヤクル氏(2017年ノーベル平和賞ノミネート)らの活動を追う、衝撃のドキュメンタリー。奴隷労働による違法漁業の実態は、魚介消費大国・日本に住む私たちに、何を突きつけるのか。

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船上でゴミのように扱われ、餓死する者や海に捨てられる者も

東南アジアの貧しい国。貧困から抜け出すため、仕事を求める若者に「いい仕事を紹介するよ」と、人身売買業者が声をかける。偽の書類にだまされた若者は、気がつくと契約したはずの職場とは異なる、遠洋漁業の船上に。

奴隷として拉致された彼らに待っているのは、監獄のような漁船で違法な漁業を繰り返す、非道な長時間労働だ。ろくな睡眠や食事もとれず、しだいに蝕まれていく心と身体。気力や体力がもたずに餓死する者、船長の命令に背いて殴られる者、ゴミのように海に投げ捨てられる者。

下船も逃亡もできない絶望的な環境で、5年、7年、12年……と年月は否応なしに過ぎていく。そんな「海の奴隷」たちを乗せた船は「ゴースト・フリート」(幽霊船)と呼ばれている。

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「家に帰りたい。父や母に会いたい」

「被害者の一人ひとりに、大切な故郷があり、家族がいます。私にとって彼らは、友人や家族と同じ。奴隷労働から被害者たちを救い出し、家族のもとに帰してあげたい」。

東南アジア海域の奴隷撲滅に取り組むパティマや仲間たちは、労働権利推進ネットワーク(LPN)の活動を通して、これまでインドネシアの離島から何千人もの捕虜や行き場を失くした漁業者を救出してきた。

奴隷たちの目撃情報が入ると、どんなに過酷なエリアでも、命の危険を顧みず、探索船に乗りこみ、彼らのもとに駆けつける。

「漁船では、どれくらい働かされていたの?」離島の捜索で出会ったある男性は、パティマの問いかけに、安堵と不安の入り混じった表情を浮かべ、「……20年」とつぶやいた。

そして、胸の奥にしまっていたおぞましい奴隷労働の断片を、ゆっくりと絞り出すように語りはじめた。

「これまで何度も鉄パイプで殴られ、骨が変形した」
「休みなく働いたが、報酬は一切もらっていない」
「友人は生きたまま箱に入れられ、海に捨てられた」

一つ一つの言葉の重さに、映画を視聴する私もガツンと殴られたような衝撃を受け、思わず吐き気がこみ上げる。

「家に帰りたい?」パティマが被害者たちにそうたずねると、押さえつけていた感情がよみがえり、「帰りたい。父や母に会いたい」と、だれもが肩を震わせる。

©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.

奴隷労働や違法漁業による乱獲は、今もなお続く

しかし、全員が帰国できるわけではない。「私は人生を棒に振った。もう時間切れだ」と、ある男性は嗚咽する。過酷な労働から逃れるため、見知らぬ島にたどり着いたが、お金もなく、帰り方もわからなかった。途方に暮れ、いつしか家族との再会を諦め、現地の人と結婚し、第2の人生を歩んでいる者も多いという。

また、無事に帰国が叶っても、未払い賃金や慰謝料を得られた人は数えるほどだ。長時間の暴力や強制労働による心身のトラウマを抱え、社会復帰が困難になっている人も少なくない。

パティマら活動家の働きかけやメディアによる奴隷問題報道で、近年、ようやくタイ政府は、違法漁業や乱獲、強制労働を取り締まる法律を整え、適用した。しかし、奴隷船による強制労働は、今もなお続いている。

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洋上という無法地帯で、奴隷たちが苦しみながら獲ったシーフードを、「コスパがよくて便利で美味しい」と無自覚に食べているのは、当事者である私たちだ。だれが、どこで、どのように作られた食材なのか。生態系や人権に配慮した安全な食べ物とは?

まずは関心をもつことから始めたい。

文:小川こころ(文筆家/文章スタジオ東京青猫ワークス代表)

『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』
監督:シャノン・サービス、ジェフリー・ウォルドロン
プロデューサー:ジョン・バウアマスター、シャノン・サービス
制作総指揮:ポール・アレン、キャロル・トムコ他
撮影:ジェフリー・ウォルドロン、ベイジル・チルダース、アレハンドロ・ウィルキンズ、ルーカス・ガス
編集:パーカー・ララミー、エリーザ・ボノラ 音楽:マーク・デッリ・アントニ
出演:パティマ・タンプチャヤクル、トゥン・リン、チュティマ・シダサシアン(オイ)
制作:バルカンプロダクションズ、シーホースプロダクションズ
配給:ユナイテッドピープル
特別協力:WWFジャパン
2018年/アメリカ/90分/カラー/16:9
https://unitedpeople.jp/ghost

5月28日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇
©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.

小川こころ (おがわ・こころ)

小川こころ(文筆家/文章スタジオ東京青猫ワークス代表)

「書く、読む、飲む」が何より好きな、もの書き屋。福岡県生まれ。

2021年に『ゼロから始める文章教室 読み手に伝わる、気持ちを動かす!』(ナツメ社)を出版。

大学卒業後、楽器メーカー勤務を経て、全国紙の教育部門に所属する新聞記者として、小学生新聞に携わる。”エンタメ担当“を公言し、映画や演劇、音楽、アートにまつわる取材やインタビュー記事の執筆に奔走する。その後広告会社にてコピーライター職を経験し、独立。「文章スタジオ東京青猫ワークス」を設立し、文筆活動や講師活動に力を注ぐ。

「ストアカ/まなびのマーケット」(ストリートアカデミー)の2019年度~2021年度アワードでは、ビジネススキル部門で3年連続「優秀講座賞」受賞。累計受講生数は3700人を超える。企業におけるライティングセミナー実績も多数。


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