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「ドレフュス事件」冤罪の真相に迫る『オフィサー・アンド・スパイ』

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「ドレフュス事件」の真相を究明し権力に抗った軍人を描く『オフィサー・アンド・スパイ』

19世紀末のフランスを揺るがせた歴史的な冤罪事件である「ドレフュス事件」を映画化し、第76回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)を受賞した『オフィサー・アンド・スパイ』が6月1日から全国公開される。『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)、『テス』(1979)など幾多の名作を手掛け、『戦場のピアニスト』(2002)でカンヌ国際映画祭パルムドールとアカデミー賞監督賞を受賞したロマン・ポランスキー監督が、80代半ばにして世に送り出した意欲作である。

<あらすじ>

19世紀末のフランス。ユダヤ系の陸軍大尉ドレフュス(ジャン・デュジャルダン)が、ドイツに軍事機密を流したスパイ容疑で軍法会議にかけられ、終身刑を宣告される。ところが新たに防諜部門の責任者に就いたピカール中佐が、はからずもドレフュスの無実を示す衝撃的な証拠を発見してしまう。

中佐は上官に対処を迫るが、国家的なスキャンダルを恐れ、隠蔽をもくろむ上層部に左遷を命じられてしまう。すべてを失ってもなお、ドレフュスの再審を願うピカールは己の信念に従い、作家のエミール・ゾラらに支援を求める。しかし、行く手には腐敗した権力や反ユダヤ勢力との過酷な闘いが待ち受けていた……。

ドレフュス事件とは

1894年にフランスで、ユダヤ系のドレフュス大尉がドイツのスパイとして終身刑に処せられた。1896年に真犯人が現れるが軍部が隠匿。これに対しゾラや知識人らが弾劾運動を展開し、1898年1月13日付オーロール紙に「J’accuse」(私は告発する)の見出しで、ゾラの大統領あての公開告発状が掲載された。

ドレフュス事件の理不尽さを厳しく批判したこの有名な告発状は、国論を二分する政治的大事件となった。1899年にドレフュスは大統領の恩赦により釈放され、1906年に無罪が確定した。2021年10月には、その生涯に敬意を表するドレフュス博物館が開館。マクロン大統領も来訪し「記憶伝承の場」と世界に訴えた。

冤罪事件の捜査を進めている気分に

19世紀末のフランスは反ユダヤ主義に覆われ、庶民のあいだでは反ユダヤ感情が強かったという。劇中、「ユダヤ人に死を!」といったプラカードを持つ人が何回か登場するほどである。その中で主人公のピカール中佐は、たいへん複雑かつ魅力的な人物として描かれる。ユダヤ人への考えを問われれば正直に「嫌いだ」と答えるが、ドレフュスの無実を証明しようとする姿勢は曲げず、そのせいで軍の中で孤立を深めていく。

プライベートでは国務大臣の妻と不倫を続けており、ピカールの動きを警戒する上層部に気づかれてしまう。自分の信念に従い、軍の命令に服従せず真実の追求を貫くが、そのために投獄され、不倫を暴露され、極右勢力から反逆罪で訴えられる。

はからずも国や軍という絶対的な権力と対峙することになった個人が、苦境をどう乗り越えていくのか。本作の観客は、ピカールとともに冤罪事件の捜査を進めている感覚を味わえる一方、信念を貫いて権力に抗うことの意味にも思いを馳せることになるだろう。

劇中の印象的な会話が私たちに伝えること

本作の原作はロバート・ハリスの小説「An Officer and a Spy」で、ハリスは本作の脚本も手掛けている。ポランスキー監督とは『ゴーストライター』に続き、タッグを組んだ。映画の企画が始まってから小説を書いたのだが、この事件をドレフュスではなくピカールの視点で描くことにしたのはハリスの発案だという。

ポランスキー監督は劇中の印象的なセリフとして、ピカールが部下のアンリ少佐と交わした、次の会話をあげている。

アンリ「もしあなたが私に、ある男を殺せと命じれば、私は殺す。それは間違った命令だったと言われても、残念だがそれは私の責任ではない。それが軍というものだ」

ピカール「あなたの軍ではそうかもしれませんが、私のとは違います」

アンリはドレフュス事件の真相には蓋をしたいとの軍上層部の意向を忖度して、ピカールの考えにことごとく反対してきた。ポランスキー監督は「このやりとりは事実をよく表していて、現在にも通じるものがある。兵士は国のために殺すことを強いられるが、それによって犯罪が起こっても庇う義務はありません」と語っている。

本作は2019年に完成した作品だが、ドレフュス事件から120年以上が経過した2022年に、ロシアによるウクライナ侵攻が起きた。まさに、現在の情勢に通じるものがあるだろう。

劇中の会話では、ラストシーンも印象深い。無罪の判決が出されたドレフュス大尉は少佐に昇格し、ドレフュス事件の真相究明などを評価されて軍事大臣に就任したピカールのもとを訪れた。実はドレフュスはピカールが陸軍士官学校で教鞭をとっていた時の教え子なのだが、そうした昔からの関係も踏まえたやりとりが実に味わい深い。スクリーンで確認していただければと思う。

文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

<作品紹介>
『オフィサー・アンド・スパイ』
監督:ロマン・ポランスキー
脚本:ロバート・ハリス、ロマン・ポランスキー
原作:ロバート・ハリス「An Officer and a Spy」
出演:ジャン・デュジャルダン、ルイ・ガレル、エマニュエル・セニエ、グレゴリー・ガドゥボワ、メルヴィル・プポー、マチュー・アマルリック他
2019年/フランス・イタリア/仏語/131分/4K1.85ビスタ/カラー/5.1ch/原題:J’accuse/日本語字幕:丸山垂穂字幕監修:内田樹
配給:ロングライド
©️2019-LÉGENDAIRE-R.P.PRODUCTIONS-GAUMONT-FRANCE2CINÉMA-FRANCE3CINÉMA-ELISEOCINÉMA-RAICINÉMA
公式サイト:https://longride.jp/officer-spy/
6月3日(金)TOHOシネマズシャンテほか全国公開

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