―いま、たくさんの案件の仲介をされていますが、特徴的な事例がありましたら教えてください。
地方の人口1万5000人ほどの町で、バスとタクシーそれぞれ5台ほど、従業員10名足らずの運送会社があり、その会社の事業譲渡の依頼がきましてね。その会社の社長と話をすると、「ところで、ウチなんか本当に買ってくれる会社あるの?」と。
詳しく話をうかがうと、バスは市役所と駅、統廃合で広くなった中学校の学区のスクールバスなど、タクシーも高齢となった町民の方々の足で、本当に手堅く事業を営んでいる。大きな儲けにはなり得なくても、地元のインフラとして欠かせない存在です。
ところが、だからこそ、「従業員は休んでもらっても、私たち夫婦は365日休みなし。10年前に行った家族旅行が唯一の思い出ですよ。先代の父親に『継げ』といわれ、学校を出てすぐに継いだけど、自分の子どもを同じ境遇に置くのは正直つらいよね」と苦笑いしていました。
結局、その運送会社は隣県で営業する私の知人のバス会社が買ってくれたのですが、社長は大喜びで、社長の境遇を理解しているウチの担当者も契約書を交わすクロージングのときには嬉し涙を流していましたね。
―個別事情があり特徴的ですが、典型的な事例でもありますね。
そうですね。地方では地元の足を担っていることのほかにも、中小企業は地元のインフラとして機能しているところがたくさんある。そうした会社では多くの会社が30年ほど前、先代社長の子どもが跡を継ぐのが当然でした。しかたなく継いだ、むりやり有無を言わせず継がせた例もあったでしょう。
そして30年後、後継者に「同じ状況を次代にさせてもいいのか。俺の30年は本当に幸せだったのか」という気持ちも湧いてきたのだと思います。事業承継はまさに自分と次代の人生に関わるテーマですね。
―事業引継ぎセンターにも、そういう相談が寄せられているんですね。相談について最近の特徴はありますか。
譲渡するケースでは、若い社長さんの相談が増えてきたように思います。従来なら、70代、80代になって「まだまだがんばれる。いや、もう無理だ」という、いわばギリギリの段階で相談に来られる社長が多かったのですが、いまは、50代、60代で「早めに区切りをつけるべき」という考えで相談に来られる方も少しずつ増えてきたようですね。
最近は景気もいいので、中小企業でもお客さんや大手取引先から「増産してください」といった要請もあるようです。すると、工場を新設しないと対応できない。新設すると、借入れが10億円規模になってしまう。
社長の年齢を60歳とすると、60代で10億円の新たな借入れに耐えられるのか、本当に返せるのか、はたして70代までがんばれるのかと不安にもなるのでしょう。それなら、いまのうちに事業を譲渡して、大手のグループに入ったほうが賢明だと考えるのでしょう。うまくいかなかったら、自分がクビになるだけですから。もし、工場を新設し失敗したら、破産が待っているのですから。そういう状況も含め、M&Aが経営の選択肢になってきたのでしょうね。