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吉利(ジーリー)汽車、創業者・李書福氏【中国経営者シリーズ8】

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勉学に戻る決心

1986年、李書福は「北極花冷蔵庫工場」を立ち上げ、冷蔵庫の主要部品である蒸発器(エバポレーター)の開発に着手。北極花冷蔵庫はたちまち中国国内で有名ブランドになる。1989年、李書福は26歳の若さで冷蔵庫製造の工場長として、成功をおさめた。

その後、国が冷蔵庫製造業者の指定を行うことになった。ところが、「北極花冷蔵庫工場」は指定製造業者のリストから漏れた。これを機に、李書福は工場を去り、学生に戻る決心をし、深圳に行く。勉学に励むのは高校を卒業以来で、故郷を離れて学校に通うのは初めてのことだった。深圳、上海、哈爾濱(ハルピン)の3都市の大学で学ぶ。

1993年、李書福は浙江省の国営のオートバイ工場を買収する。当時の業界大手の「嘉陵」と共同で、「嘉吉」ブランドのオートバイを製造する。このオートバイは、国内でヒットしただけでなく、米国やイタリアなどの32カ国に輸出するほど成功した。

オートバイを経てついに自動車に転進

オートバイ事業が波に乗っていた1994年、李書福は「自動車を製造する」という驚くべき決断をする。当局の許可がおりていないにもかかわらず、工業用地を購入し、 オートバイ製造の看板を出してはいるが、「吉利自動車工業団地」の建設を進めていた。

1997年には、破産の危機に瀕していた四川省の小型乗用車製造会社に出資した。「四川吉利汽車製造有限公司」を設立し、乗用車とバンの生産権を取得した。2001年になり、最終的に吉利は自動車生産の資格を得ることになる。(敬称略)

文:M&A Online編集部

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