コロナ禍という非常事態だけに、東京五輪だけなら中止でもよいかもしれない。しかし、来年開催の北京冬季五輪にも「黄信号」が点灯している。選挙中は「中国寄り」と言われていたバイデン米大統領だが、就任後は人権問題でトランプ前政権よりも厳しく中国政府に対峙(たいじ)している。
北京冬季五輪も香港や新疆ウイグル自治区での人権問題をたてに、米国が「外交的ボイコット」で圧力をかけた。現時点では選手団の派遣中止までは踏み込んでいないが、米中関係の悪化が深刻化すれば全面ボイコットにもつながりかねない。IOCが最も懸念するのは米国が自国だけでなく、関係国にもボイコットを強制する可能性だ。
米国は中国が強制労働を課しているとして新疆ウイグル自治区製品の輸入禁止措置を取っており、外国メーカーにも適用。ファーストリテイリング<9983>が生産・販売するユニクロ製品の米国輸入を差し止めた。同様の事態がボイコット問題で起これば、北京冬季五輪は失敗に終わるだろう。
東京、北京と立て続けにオリンピックが「失敗」すれば、IOCの威信は地に落ちる。IOCとしては北京冬季五輪の先行きが怪しくなってきただけに、どのような形であれ東京五輪を開催して「成功」をアピールしなくてはならないのだ。
かつては多数の都市が名乗りをあげて激しい誘致合戦が展開された五輪も、このところは人気薄だ。アテネに決まった2004年の夏季五輪では11都市(第一次選考で脱落した都市を含む)が立候補したが、その後は徐々に減少している。
東京に決まった2020年の夏季五輪では6都市に減り、2028年の夏季五輪では開催地に決まった米ロサンゼルス以外に立候補都市がなく、2032年の夏季五輪も現時点では豪ブリスベン以外に立候補都市はない。
立候補都市が減少している原因は、肥大化する五輪予算だ。これは新しい問題ではない。1970年代から開催予算の高騰で立候補を見送る都市が続出。1984年の夏季五輪ではロサンゼルスしか立候補都市がなかった。
そのためIOCはロサンゼルス五輪から、テレビ放映料の大幅引き上げや競争入札的なスポンサー協賛金制度の導入、記念グッズの販売など民間資金による開催を認める。その結果、税金を使わず黒字を出すことに成功した。
これが「オリンピックは儲かる」との評価につながり、1986年に開催地が決まった1992年バルセロナ五輪では6都市が立候補し、再び誘致合戦が繰り広げられることになる。だが「オリンピックの商業化」で、さらに予算が増大。2008年の北京夏季五輪は400億ドル(約4兆3800億円)、2014年のロシア・ソチ冬季五輪は510億ドル(約5兆5900億円)を投じることになった。
これほどの規模になると民間資金のみによる開催はとても無理で、再び巨額の公的資金を投入するようになった。五輪の経済効果も一部の業界にしか恩恵はなく、国民や開催都市の住民から「五輪に注ぎ込む予算を、生活に関連した事業へ回すべきだ」との声が高まっている。
東京五輪が中止となれば、これまで投入した1兆6440億円は水泡に帰す。うち9000億円は国と都が負担する。ただでさえ巨額の赤字が避けられず、その上、パンデミックなどの非常事態で中止になるリスクが明らかになれば、立候補都市がゼロという最悪の事態もありうる。IOCとしてはオリンピックを「持続可能」とするために、東京五輪を中止させるわけにはいかないのだ。
文:M&A Online編集部