三ツ矢サイダー 140年目の「初めてのKiss」|産業遺産のM&A

alt
ホームセンターコーナン川西平野店の奥に佇む「三ツ矢サイダー発祥の地」

帝国鉱泉のM&A史を見る

この帝国鉱泉とはどのような会社であったのか。『三ツ矢サイダー』を、商品の歴史ではなく製造元の会社の変遷という視点で見てみよう。

帝国鉱泉の設立は明治後期の1907年。明治初期、政府は殖産興業の名のもとに多くの外国人技術者を日本に招いた。この時期、全国で外国人技術者の技術指導により建造物が建てられ、製造機器が開発され、それが産業遺産と呼ばれるようになった。この経緯は、これまでの『産業遺産のM&A』のコーナーでも見てきたとおりだ。この外国人技術者の招聘と同時に、欧米の生活習慣も日本に浸透してきた。そのなかに、飲料としてミネラルウォーターを好み、たとえば洋酒をミネラルウォーターで割って飲むといった習慣があった。おそらく、こうしたことを背景に日本でも清涼飲料水や炭酸水の需要が徐々にではあるものの高まっていたのだろう。

帝国鉱泉はそうした欧米文化の移入を契機に、いわば国の事業として鉱泉の製品化に携わっていたのではないだろうか。

帝国鉱泉の前身は、上記の三ツ矢平野鉱泉という合資会社である。ウィリアム・グランが発見した鉱泉水の製品化を進めた会社。その三ツ矢平野鉱泉が帝国鉱泉として株式会社化し、三ツ矢印の『平野シャンペンサイダー」を発売し、『三ツ矢シャンペンサイダー』に改称して販売したことになる。

第二次大戦前後のビール業界再編に揉まれる

帝国鉱泉は大正期の1921年に加富登麦酒に吸収合併され、日本麦酒鑛泉に改称した。その約10年後の1933年に加富登麦酒は大日本麦酒と合併したが、『三ツ矢シャンペンサイダー』は日本麦酒鑛泉の事業として継承されたようだ。

そして第二次大戦を経て、この大日本麦酒が朝日麦酒と日本麦酒(のちのサッポロビール)に分割され、『三ツ矢シャンペンサイダー』は朝日麦酒が継承した。この朝日麦酒がアサヒビール、現在のアサヒ飲料である。

アサヒ飲料では例年、3月28日を「328」で「三ツ矢サイダーの日」として、3月28日前後の週末に「三ツ矢感謝祭」を開催してきた。「感謝」には、愛飲してもらっているお客に感謝するとともに、『スーパードライ』による同社の低迷からの脱却を陰ながら支えてきたことへの感謝の意味合いがあるのかもしれない。今年はどのようなイベントが開催されるか、楽しみだ。

文:M&A Online編集部

M&A Online編集部

M&Aをもっと身近に。

これが、M&A(企業の合併・買収)とM&Aにまつわる身近な情報をM&Aの専門家だけでなく、広く一般の方々にも提供するメディア、M&A Onlineのメッセージです。私たちに大切なことは、M&Aに対する正しい知識と判断基準を持つことだと考えています。M&A Onlineは、広くM&Aの情報を収集・発信しながら、日本の産業がM&Aによって力強さを増していく姿を、読者の皆様と一緒にしっかりと見届けていきたいと考えています。


NEXT STORY

旧三川電鉄変電所 活かし受け継ぐ3つの会社|産業遺産のM&A

旧三川電鉄変電所 活かし受け継ぐ3つの会社|産業遺産のM&A

2020/12/11

福岡県大牟田市にある旧三川電鉄発電所は三池炭鉱の専用鉄道線のための変電所だった。役目を終えた変電所の建物。解体されるかに思われたが、新たな買い手が見つかった。さらに次の買い手も。レンガ造りの産業遺産は、まさに生きた産業遺産として歴史を刻む。