この帝国鉱泉とはどのような会社であったのか。『三ツ矢サイダー』を、商品の歴史ではなく製造元の会社の変遷という視点で見てみよう。
帝国鉱泉の設立は明治後期の1907年。明治初期、政府は殖産興業の名のもとに多くの外国人技術者を日本に招いた。この時期、全国で外国人技術者の技術指導により建造物が建てられ、製造機器が開発され、それが産業遺産と呼ばれるようになった。この経緯は、これまでの『産業遺産のM&A』のコーナーでも見てきたとおりだ。この外国人技術者の招聘と同時に、欧米の生活習慣も日本に浸透してきた...