岩手県・南部富士と呼ばれる秀麗な岩手山の南麓に広がる小岩井農場。その開設は1800年代後半にさかのぼる。

当時、鉄道局(のちの鉄道庁)長官を務め、日本の“鉄道の父”と称された井上勝が東北本線の延伸を計画していた折、岩手・小岩井の地を訪れ、「この荒れ果てた火山灰の大地に、大規模な農場を開きたい」という大きな夢を抱いた。その夢の背景には井上が、鉄道敷設事業によって全国各地で美しい田園風景をつぶしてきた“悔恨の思い”があったという。

井上は三菱財閥の岩崎彌太郎を補佐し、三菱の顧問だった小野義眞にその思いを伝え、協力を求めた。当時の三菱社長は岩崎彌太郎の弟、岩崎彌之助。3人は意気投合し、「小」野義眞・「岩」崎彌之助・「井」上勝によるトライアングル体制で大農地の開拓が始まった。1891年、こうして「小岩井農場」は誕生した。

21に上る遺産群を保存・管理

小岩井農場というと、「まきば園」という広大な牧場観光施設が有名だが、実は、21に上る国指定の重要文化財群が保存されている。酪農関連施設としては日本最古の建造物もあり、現在も使用している建築物も多い。それらは農場の生産エリア内に位置するため、一部を除き自由見学はできない。そこで、小岩井農場としては、「ガイドがご案内する文化財ツアー」への参加を勧めている。

現在のまきば園入り口

 主な文化財は下表のとおりだ。 

文化財の建物建築年概要
本部事務所1903年詩人の宮澤賢治が長編詩『小岩井農場』で「本部の気取った建物」と詠った建物
本部第一倉庫1908年主として備蓄品等の保管庫として使用
本部第二倉庫1898年以前農場内では数少ない和小屋組の建築
乗馬厩1936年1階は馬房、2階は餌や敷料の倉庫として使用
倶楽部1914年来客の応接・宿泊用、従業員の集会施設として建設
四階倉庫1916年家畜の飼料用穀物を乾燥・貯蔵するための倉庫
旧耕耘部倉庫1905年飼料倉庫、乾燥庫として使用
玉蜀黍小屋(4棟)1929年(3棟は不詳)家畜飼料用トウモロコシの乾燥・貯蔵庫として使用
一号牛舎1934年1階は搾乳牛用の牛舎、2階は乾牧草の倉庫。当時最新鋭のスタンチョン式牛舎
二号牛舎1908年農場内で最古の牛舎。乾乳牛(出産を控えて搾乳を休んでいる牛)の飼育、分娩用の牛舎
三号牛舎1935年月齢ごとに群管理で飼養する子牛用の牛舎
四号牛舎1908年搾乳牛用の牛舎
種牡牛舎1917年種牡牛用牛舎
旧育牛部倉庫1898年農場内では数少ない和小屋組の建築
秤量剪蹄室1936年牛の体重測定、削蹄場として建設
一号サイロ 二号サイロ1907,1908年冬場の家畜の飼料を確保するため、「サイレージ」という発酵飼料を作る施設。現存する日本最古のサイロ
天然冷蔵庫1905年小山を掘って作られた掘り抜き貯蔵庫

国指定文化財「小岩井農場施設」の紹介をもとに作成

現在も使われている牛舎