越後高田(現新潟県上越市)に井上善兵衛という人物がいた。「日本のワインぶどうの父」と呼ばれた岩の原葡萄園の創業者である。通常、「〇〇の父」という呼び方をする場合、「文化・芸術・科学技術・学問などの創始者」を意味することが多い。

その例からすると、「日本のワインぶどうの父」という少し長い「〇〇の父」という呼び方は、いくらかの説明を要するのかもしれない。

ワインの父、ぶどうの父、それとも…… 

ワイナリーの入口脇に置かれた胸像

「日本のワインぶどうの父」という呼び方を「ワインの父」と短くすれば、おそらく「山梨の宮崎光太郎・高野正誠・土屋龍憲ら、甲州ワインを一大産業に育て上げた偉人はどうなるのか」という気にもなる。その話を始めれば、「1874年に国産ワインを生み出した甲州の山田宥教と詫間憲久らはどうなる?」という声も上がりそうだ。

かたや「ぶどうの父」というと、明らかに新潟の上越市より山梨の勝沼を含む甲州市に分があるように思える。また、ぶどうからワインを醸造し、食文化の王国・新潟でぶどうの品種改良、ワインという酒類の研究に心血を注いだことを正確に言いあてていないようにも思える。そもそも、ワイン醸造に伴う発酵は井上善兵衛が生み、研究した技術であり、その食文化は上越の“お国自慢”ではないのか、とも……。

そのような背景を踏まえて、「ワインの父」「ぶどうの父」というより、「日本におけるワイン用ぶどうの栽培を、たび重なる品種改良によって実現した偉人」であることを端的に示す「日本のワインぶどうの父」という呼び方がされているのかもしれない。