表具店「マスミ東京」社長の横尾靖さんの前の仕事はパラボラアンテナや電話交換機、放送設備などの通信機器を扱う営業マン。義父からあとを引き受けたものの、表装の世界は門外漢。ゼロからのスタートだった。

海外のミュージアムに販路開拓

 「職人さんも社員も、私の言うことなんか全然聞かないですよ。電機屋が何言ってんだと」。5年間は「じっと我慢して」勉強に専念。職人たちがどうやってものを作っているのか。現場を見て歩き、表具は掛け軸を作るだけでなく、住まいの空間を演出する書や絵などの主役を引き立てる技術を総合的に統括するのが仕事なのだという思いに至った。

 「基本的なデザインは全部僕が見ます。作品に適した裂地、和紙を判断し、職人さんにやってもらう。いろんな技術を結集させて一つの作品を完成させるのが私の仕事です」。

 狭い世界にどっぷり浸かってきた職人に、新しい発想を求めるのは難しい。斬新なものを作り出し、販路を拡大していくには新しい風を吹き込むことも必要だ。

 海外駐在の経験があるビジネスパーソンらしいところだが、横尾さんは海外に目を向けた。1997年から3年間、欧州の美術館や博物館の関係者と精力的に会い。和紙の見本帳を見せ、日本の紙や布などの伝統技術の高さを説明して歩いた。

 「ビックリしました。こんなに日本の紙の需要があるのかと。西洋の絵や本などの修復に和紙を使うんです。油絵の修復にも和紙は欠かせない」。海外の美術館や博物館の学芸員や修復家から、問い合わせがひっきりなしに入る。

表具店「マスミ東京」社長の横尾靖さん

口コミで注文が増加

 「すぐには仕事にならないけど、一生懸命調べてあげたり、ときには現地へ行ってデモンストレーションまでやって、作り方を教えたりもします」。

 海外勤務で身に付けた英語力、コミュニケーション力が役に立った。ミスター横尾に聞けば親身になって応えてくれる、という口コミが欧州の美術館関係者の間で広まり、襖だけでなく表装に使う和紙や裂地、刷毛などの注文が少しずつ増えていった。(次回は2月21日掲載)

文:大宮知信