M&Aにおける人事労務の留意点 その1

M&Aというと、買収価格等の条件面が注目されがちだが、「ヒト」の問題に関しても周到に準備しておかないと、労務トラブル等で思わぬコストが発生する、ということになりかねない。

今回はM&Aを行う際の人事労務関係の留意点や制度統合などに関して、上場企業の人事責任者として、また現在は社会保険労務士法人三島事務所でM&Aに関する人事制度の策定やコンサルティングを多数手掛けている林英臣マネージャーに伺った。

1.M&Aのスキーム別留意点

 ――M&Aのスキーム別に事例をいくつかご紹介いただけますか。

 まず合併の事例からお話します。例えば人員規模では同程度のB社がA社に吸収合併される場合、権利義務が包括的に承継されますので、そのままだと1社2制度の状態になってしまいます。お互いの就業規則などの資料を事前に確認し、同じところ、違うところを整理した上で、合併前に調整できるところ、合併後でないと無理なところの仕分けをします。

 就業時間の統一に例をとれば、両社の年間労働時間を調整する必要がありますが、たとえ同じであっても始終業時刻が異なる場合があります。始業時刻とか名称の統一などは、合併したときに支障がないよう事前に詰めておきます。

 他方、統合に時間を要する事項については、合併してから1年くらいかけて両社で労働組合も含めて「労働条件統一委員会」のようなプロジェクトで統合していくのがいいですね。

――会社分割の場合はいかがでしょうか。

 製造販売を行っている会社を例にあげますと、当初は業務フローがアルバイト主体の一部門を切り離して新会社を作りたいという話でした。その目的が2つあり、1つはアルバイトを新会社では親会社の水準とは異なるけれど社員として処遇したいということ。もう1つは、その部門の独自のノウハウを新会社で外販したいということでした。同時に従来から会社のシフト要請に応じないなど問題のある従業員を解雇したいと考えておられました。

 解雇問題でもめてしまうと新会社の設立が進まない可能性があるため、会社分割を提案し、まずは労働条件を変えずに全員を新会社に転籍させ、設立後に会社の要請するシフト勤務が可能な人は社員に登用する等、新会社に相応しい労働条件を作っていくことにしました。分割の場合は、労働条件承継の該当の有無に関して異議申し立てなどの手続きもあります。

――事業譲渡の事例もご紹介いただけますか。

 事業譲渡の場合、契約に基づく部分のみ譲渡されるため、従業員解雇の問題が発生しがちです。工場を廃止して他社に事業を移管するケースでは、整理解雇の4要件を満たしていたとしても解雇ありきでなく、費用を出せるなら転職支援を精一杯やってみてはどうか、と提案をしました。コストはかかりますが、アウトプレイスメント会社を使うと1年で95%程度の高確率で再就職先が決まります。

 ほかには、産業雇用安定センターのご協力もいただきました。あまり知られていませんが、公益法人で企業在籍中であれば無償で企業間の出向や転籍のマッチングをしてくれます。こうして工場廃止(解雇の期限)までに全員の退職願を受領することができ、その半年後には全員の再就職が決まりました。

中小企業だとなかなかコストはかけられないでしょうが、無償でも手立てはいろいろありますし、経営者自ら再就職先を探すなど、従業員の雇用を守る気持ちが大切だと思います。この会社では従業員に安心してもらうために、雇用動向とかアウトプレイスメント会社の再就職成功率についてなど転職に関するセミナーとフォローの個別面談を1日かけて行いました。なぜ廃業しなければならないのか、という情報提供も大事です。 

2.制度や組織風土の統合をどうするか

社会保険労務士法人三島事務所 林 英臣 マネージャー

 ――給与水準が違う場合は、どのように統合していくのでしょうか。高い方に合わせたらコストがかさんでしまいます。

 給与のテーブルを統合し、差の部分は調整給で支給しておいて、昇給額で調整し、想定レベ収まるまで調整給を支払うという方法も考えられます。

 ――給与の決定方法自体が違う場合はどうでしょうか。

 マージする必要はありますが、これは短期的にはできません。昇給はだいたい年1回しかないので、少なくとも2年越しにはなります。

 ――福利厚生の制度はどうでしょう。今まであったものを失くしたら従業員には抵抗がありますよね。

 労働条件とはいえない恩恵的なものであっても、従業員にとっては重要です。しかし考えてみると、M&Aがなくても、就業規則を変えるときに無駄なコストを削減するために現状に合わない制度を切り下げる、ということは行っています。通常の就業規則改定と同様の手続きで提示し、労働組合や従業員に説明をして合意してもらう、ということでよいと思います。

 私自身の体験ですが、首都圏の会社と地方の会社を合併した時に、地方の会社では通勤交通費で特急料金を支給していたことがありました。これは優遇しすぎだと思いましたが、よくよく実態を聞いてみると、普通電車が1時間に1本程度しかなくて、特急の本数の方が多く、通勤も特急を使わざるを得ないことがわかりました。このようなケースは、合併後も配慮しなければならないと思います。

 ――一緒になった会社の従業員同士の軋轢を和らげるために大事なのはどんなことでしょうか。

 3社の経営統合で各社出身者と一緒に仕事をしたことがあります。そのとき思ったのは、会社の大小があるときは大きい会社の出身者が配慮すべきたということです。自分たちの文化を押し付けるのではなく、相手のいいところを見ることが大事です。そのとき、私が在籍していた人事部門に3社の出身者を均等に配置してもらえたのはよかったと思います。

 人事部門は、従業員の苦情や相談の窓口としての機能があり、言わばこころの拠り所でなければなりません。そこに同じ会社の出身者がいないと相談しにくくなってしまいますから。M&Aで新会社を作ったわけですから、最先端の技術を集めて新しいことをするとか、設立の目的があるはずです。それを目指して新しい風土を作っていこう、という考えで進めていくとよいと思います。

 ――役職者の重複なども起こります。

 2つの組織を一つにすれば、当然責任者は一人不要になります。役職を外して勤務する場合もありますが、それならば退社するというケースもあるかもしれません。余剰人員の発生が予想される場合は、統一後のあるべき人員体制を想定して、早期退職支援制度などで人員整理はしておくべきです。

 上位役職者などは、他社で社長のポストを斡旋するか、なければ退職金の積み上げや前述のアウトプレースメントの活用などで転身を支援します。M&A実行前にやっておくべきですが、現実問題としてなかなか手をつけられないものです。解雇せざるを得なくなる前に先回りして対応しておくことが大事です。お互いスリムになって一緒になるのがベストだからです。

 ――経営理念の違いのすり合わせは、難しいのではないでしょうか。

 吸収合併など、会社間の力関係に差がある場合は吸収する側の理念を継承していくのでしょうが、対等合併などで規模が同程度のとき、お互いに理念があったらこれは大変です。時間をかけて統合していくしかありません。

 新社長の思いや考え方には従いつつ、単なるトップダウンではなく、会社の目的に合った理念をみんなで創り上げていくことが望ましいですね。(次回に続く)

取材・文:M&A Online編集部